04_ガラクタの心(Ⅴ)
「ブローチ?」
「はい。赤い宝石のブローチです」
以前、この界隈を通った際に、彼女が身に着けていたブローチにノアは目を引かれた。
手に入れなければならない。
そう本能が告げた。
だからこそ、ノアは彼女のことを調べ上げ、この契約までこぎつけたのだ。
「赤い宝石……」
少しの長考はあったものの、思い当たるものがあったらしく、彼女は引き出しから一つの箱を取り出した。
黒い木製の小さな箱。
装飾はほとんどないが、大事に手入れされているのは一目瞭然だった。
彼女はその箱を開けると、机の上に置いて、ノアへそっと向けた。
「これのことかしら?」
赤い宝石のブローチが輝いていた。
「はい。間違いなくそれです」
しっかりと頷いて見せたが、彼女はここにきて初めて渋い顔を見せた。
「この宝石は長く身に付けたり、誰かに見せたりすると人を狂わす効果がある。
ずっと誰かに囁かれている様な、落ち着かない気持ちになる。
……それを知っていて、欲しいと言っているのかしら?」
シェーラの訝し気な瞳に、ノアは気にした様子もなく、笑顔を浮かべたまま一つ頷いた。
「知っています。知っていて、欲しいと言っています」
あっさりと返された答えに毒気を抜かれたのか、シェーラは呆れたように宝石を突いた。
「一体これをどうするつもり?
心の弱いものが身に着けたら、戻ってこれなくなる代物よ」
所謂呪いのアイテムに近いそれを欲しがる人間はそう多くは無い。
熱狂的なコレクターか、誰かへ送って陥れるためか、そういう者達ならば欲しがるのも分かる。
けれど、目の前のノアにそのイメージは湧かない。
一体何を求めているのか。
シェーラの瞳が、まっすぐにノアを見つめた。
「僕には、必要なものです」
抑揚なく告げたノアも、シェーラをまっすぐに見つめた。
ノアの瞳には感情が見えない。
それでも、確かな芯が見えた気がして、シェーラはくつくつと笑い、次期に声を上げて笑い出した。
彼女が声を上げて笑うのが恐ろしいのか、案内役の男の顔が強張った。
それを気にする様子もなく、シェーラは一頻り笑い終えると、再度ノアを見つめた。
「いいわ。その“相談”乗ってあげましょう。
けれど、今回の依頼の報酬として渡すには、対価が釣り合わないわね」
確かに、今回持ってきた依頼の報酬として宝石では、宝石の価値が高すぎる。
ノアは楽し気にこちらを見ているシェーラに気づき、そっと微笑みかけた。
「何をお求めですか?」
「ふふっ、そうね。
最近この界隈を荒らしているネズミがいるのよ。
そいつらの退治をお願い。
大体の場所は分かっているから、行って退治してくれるだけで良い。
受けてもらえるかしら?」
ノアはピクリとも表情を変えずに、一つ頷いた。
「承りました。
一つ確認ですが、全滅と捕縛、どちらをお望みで?」
「あら、私はネズミ“退治”と言ったわよ?
一匹でも漏らすと、ネズミはすぐに繁殖するからね。根こそぎお願い。
まぁ、流石に一人で行けとは言わないわ。
こちらの者を数人つけるから、巣を燃やすところまでお願いね」
生き生きと、けれど確かな狂気を孕んだシェーラの微笑みに、ノアの首元にいる茜は小さく息を飲んだ。
深部の重役として君臨している理由を覗き見た様な気がしたのだ。
けれど、ノアは特に気にした様子も無く、分かりましたと軽い声を上げた。
その返答にシェーラは満足げに笑みを浮かべると、近くに佇んでいる案内の男に視線を向けた。
男は前に出ると、そっとメモ書きをノアに手渡し、出入り口のドアを開けた。
付いてこいと暗に言われているのだろう。
「期待してるわ」
シェーラの楽し気な声に見送られ、ノアは部屋を出た。
案内役の男はノアを先導して階段を上がり、そして、突き当りの部屋の扉を軽くノックした後、返事も待たずに開けた。
「邪魔するぞ」
中にいたのは三人の若者。
一人は軽薄そうな銀髪の男、一人は黒髪の気弱そうな男、最後の一人は深くフードを被っているが隙間から見える顔は獣のそれだ。おそらくは獣人だろう。
その中で案内の男に一番に声をかけたのは気弱そうな男だった。
「どうしたんですか?」
「ネズミ退治だが、こいつが加わる。それを伝えに来た」
こいつ、と呼ばれたノアは、三人の訝し気な視線に、緩く笑みを浮かべる。
「なんすか、そいつ。うちのもんじゃないですよね?新人っすか?」
軽薄そうな男はノアにずいずいと近寄り、じろりと睨み上げた。
止めろと、案内の男に首根っこを引っ掴まれ、すぐに距離が開く。
「シェーラがこいつにネズミ退治を依頼した。お前らはサポートに回れ」
ぎょっと三人の表情が変わった。
「は?納得いかねぇっすよ!!こっちは大仕事だって張り切ってたんすよ?!
それをこんなどこの馬の骨かも分からない奴に奪われるなんて!!」
軽薄そうな男が吠えるのに続き、獣人も立ち上がって声を上げた。
「これは俺達三人の仕事だったはずです。
それをこいつ一人で本当にできるとでも?
こんなヒョロヒョロの優男が、何が出来るって言うんですか!」
二人の権幕に案内の男は面倒そうに顔をしかめた。
それが更に気に障ったのか、二人の抗議は止まらない。
二人の後ろでは気弱そうな男が「二人とも落ち着いて」と、二人の服を引っ張っているが、びくともしていない。
ノアの首元にいる茜は、とても面倒そうな奴らだと思いつつ、ノアの頬に額をくっつけた。
軽く茜の身体を撫でてやると、ノアは「あの」と声をかけた。
「僕が嫌なら、目的の場所には一人で行きますから、お互い勝手にやりましょう」
にっこりと微笑んだノアに、ぎょっと表情を変えたのは案内の男だ。
「待て。シェーラはお前とこいつらを一緒に行かせることを望んでいた。それが依頼だ。
お前ひとりで行かせるわけにはいかない」
確かにシェーラはそんなことを言っていた。
「でも……僕、後ろから刺されたくないですよ?」
その言葉に「はぁ~?!」と声を上げたのは軽薄そうな男だった。
「誰がお前を刺すかよ!弱い奴を虐げて楽しむ趣味は無ぇよ!!!」
ずかずかと再度近寄ってきて、またぎろりとノアを睨み上げた。
「良いか!!もしお前が「助けてぇ」って言っても、俺らは助けねぇ!それは覚えとけよ!!」
「分かった。じゃぁ君達が「助けて」って言っても、僕は助けないね」
解決♪
と、軽く手を打ったノアは、案内の男に視線を向けた。
驚きと呆れを混ぜた表情をした彼は、深く息を吐くと、三人に向き直った。
「……仲良くやれとは言わないが、最低限連携はとれよ」
こうして、ノアは彼ら三人と襲撃の時を共にすることになった。