04_ガラクタの心(Ⅲ)
大きな建物の扉を開けて中に入ると、数名から視線が向く。
いかつい見た目をしているものも多いが、ノアの足取りは何ら変わらない。
気にする様子もなく、まっすぐと受付へと向かった。
ここは冒険者や旅人が使用する依頼場と呼ばれる場所だ。
壁に貼られている依頼を眺めている者、置かれている机や椅子でくつろいでいる者、何か監視するように周りを見つめている者。
様々な人々がそこにはいた。
外の明るく楽しげな様子とは明らかに違う。
茜は無意識に自分の頭をノアの顔に擦り付けた。
ノアは受付の女性に声をかけると、荷物の中から森で取った薬草と依頼書を差し出した。
「依頼完了の手続きをお願いします」
「分かりました。少しお待ちください」
受付の女性は薬草をじっと確認し、そして、確かに。と声を上げた。
「では報酬をご用意します。少々お待ちください」
そう告げてバックヤードに依頼書を持って行くのを確認すると、ノアは近くの長椅子に腰を下ろした。
いつも通りなら数分程度で呼ばれるかな。
薬草の状態も良かったし、それなりにもらえるとは思うけど。
そんなことを思いながら、茜の身体を雑に撫でていると、隣の椅子に座っている男に声をかけられた。
茶色の髪に青の瞳。すらっと長い手足は程よく筋肉が付いているのが分かった。
この中では珍しい、優男。
そんな言葉が似合う男だ。
「あんた、また薬草採取か?」
「?それが何か?」
「あー、いや、あんだけ強いんだからさ。狂暴種退治とか、魔物退治とか、しねぇのかなって」
狂暴種や魔物は生き物を襲う危険種と呼ばれる生き物だ。
生息場所や繁殖方法などは分かっていない。
人や獣がそれに転移したという説も多く聞くが、詳細なことは何一つ分かっていない。
それらの退治にはそれ相応の力が必要であり、冒険者の花形と呼ばれる仕事の一つだ。
それにしても、と、ノアは優男の言葉に首を捻った。
「なんで僕が強いと思っているんですか?」
この優男とどこかで会ったことがあっただろうか?
「あー……忘れられてたか……。いや、まぁ良いんだけどよ。
一週間前に、グレイトベアに襲われてたのを助けてもらった、コーダだ。
あのグレイトベアを拳一撃で仕留めただろう?あんた」
一週間前、グレイトベア、拳一撃。
そこまで聞いて、ノアは朧気に思い出した。
「熊肉の解体を手伝ってくれた人か」
あの熊肉は中々美味しかったし、毛皮は高く売れた。
そう続けたノアに、コーダは少し涙目だ。
「そういう覚え方かー……。別に良いけど。
まぁ、そう。その熊肉解体の人なんだ。だから、あんたが強いのは知ってるからさ。
なんで薬草採取ばっかりかなって」
「薬草の方が良いから」
「だから、なんで?
そんなに給金が良いわけでも、危険が伴わないわけでも無いだろう?」
「お金はそれなりで良いし、危険は別にどちらでもいい。
今の時期は珍しい薬草が手に入るから、受けてるだけ、ですよ」
付けて取ったような敬語に、一瞬首を傾げたが、コーダはそれなら、と明るい声を上げた。
「俺のパーティに入らないか?
あんたが一緒に戦ってくれると嬉しいんだが」
コーダの唐突な提案にノアは目を見開き、停止した。
停止したのに気づいたのは目の前のコーダだけではなく、首元に巻き付いたままの茜もで、茜はコーダに気づかれぬようにぐっとノアの体に爪を立てた。
微かな痛みにびくりと体を震わせたノアは、茜の頭を乱雑に撫でると、コーダに向きなった。
「どうして僕なんですか?」
「いや、どうしてって。強いと思ったし、話もできそうだしな。パーティに入れてもうまくいくと思った」
コーダからしてみれば、それは本心だ。
こうやってきちんと話が出来る。
お互いをもっとよく知れば、連携だって問題なくできるだろう。
今のパーティだってけして悪いとは言わない。
けれど、もう一人くらい接近戦ができる奴が欲しいとパーティ内で話していたし、その候補にノアの存在は上がっていた。
だからコーダは声をかけたのだ。
しかし、ノアはまた目を瞬かせて首を傾げた。
「話が、できそう、ですか」
「あぁ」
「そう、ですか」
視線が下に向いた。
もしかしたらあまり話すのが得意ではないのかもしれない。
確かに、言葉の端々に淀みが感じられる時がある。
それなら、その点をフォローして再度の勧誘をとコーダは口を開きかけたが、一歩早くノアの口が開いた。
「お誘いはありがたいですが、あと数週間で次の町へ出発する予定です」
そっと顔を上げたその瞳は、まっすぐにコーダを見つめた。
「だから、あなたのパーティには入れません。すみません」
見つめてきたその瞳を前に、コーダは体を強張らせた。
そこに感情が見えなかった。
作り物めいた表情。
ガラス玉の様な意志の無い瞳。
機械の様に淡々と紡がれた言葉。
さっきまで話をしていたノアと同じ人物とは思えない程に、感情が抜け落ちたように見えたのだ。
次の言葉をコーダが出せずにいると、受付の女性から声がかかり、ノアは受付へと歩き出してしまった。
そして、ノアが依頼場からまっすぐに出て行くのを、コーダは何も言えずに見送るしかできなかった。
出ていく際、ノアの肩に巻かれていた狐と目があったような気がした。