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神は選択を弄ぶ  作者: 胡蝶花 旭
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01_それは神の住居(前編)

私の中にある光。

産まれる前に私が飲んだ光。

それはこの世の理を全て(はら)む神の欠片だった。




空に漂う正二十面体。

それが現れると、人々は手を振り、祈りを捧げ、深々と礼をする。

生きとし生けるものの殆どが、それが神の居住であることを知っている。


神の傍仕えをしている老年の男性ヒューゴは、神殿の中央の椅子に目を瞑ったまま座っている神に一つ礼をした。


神は凡そ(おおよそ)人の姿をしていた。子供にも大人にも見える容姿に、額から伸びる枝の様な一本角。

金にも銀にも見える瞳に、真っ白な髪。


人と言われれば人にも見えるが、存在感は人のそれではない。

長く傍仕えをしているヒューゴでさえ、神の前に立つ時は自然と背筋が伸びる程に。


「神様。謁見者を引き上げますが、よろしいでしょうか?」

その声に目を開けた神はヒューゴに目を向けるとそっと微笑んだ。

「あぁ、構わないよ」


神は定期的に空の飛行を止め、その近くに住んでいる者達を迎え入れる。

強い祈りを持つ者が神へ拝謁する権利を与えるために。


神が人の姿を得てこの世界に現れたのはもう数百年以上前のことだ。

突如現れた空に浮かぶ物体に当時の人々は畏怖し、攻撃をする者もいた。


けれど、神はその全てをいなし、人々を見つめていた。

その寛容さと巨大な力に、人々は神へ頭を垂れ、そして神を崇め始めた。


そして今日もまた、神はこの世界に住む生き物達の祈りに耳を傾けていた。




***




夜中、ふと目を覚ました神は体を起こした。


まだ月も星も空で輝いていて、日没にも夜明けに遠い。

そっとベットから下り、神は歩き出した。目が覚めた理由に会いに行くために。


居住の中にいる生命はすべて把握している。

その中に見知らぬ命が入り込んだのだ。


昼間ならともかく、こんな夜中に珍しい客が来たものだと、神は笑みを浮かべて歩を進める。

迷いなく歩いた先には、茶色の髪をした年端もいかぬ少年が物陰に隠れてそわそわと辺りを見回していた。

そっと背後に近寄り、神は彼の耳元でそっと口を開けた。


「わ!」

「ひゃ!!」


短い悲鳴を上げて飛び退いた少年に、神はけらけらと笑う。

悪戯が成功したと言わんばかりに楽し気に笑う神に、少年はムッと口を尖らせた。


「な、なんだよ!お前!」


瞠目しているらしくまぁまぁの大声を上げた少年に神は笑いながら少年に顔を近づけた。


「君こそ何だい?」


その言葉に自分がどこにいるのかを思い出したらしく、少年は一瞬視線を逸らしてから改めて神を睨みつけた。


「お前には関係ないだろ!」

「関係?あるねぇ。私はここに住んでいるから」


笑顔のままの神に押し黙った少年はまた視線を逸らした。

どうやら侵入したことが悪いことだとは分かっているらしい。

神は悪意があって侵入した訳ではないことは分かっている。


悪意があればすぐに分かる。

彼はその類ではない。


「それで?何をしにここへ?」


彼は答えない。

答えれば追い出されるとでも思っているらしい。


相手の真意や心を読むことは簡単ではあるが、折角目の前にいるのだ。言葉でやり取りするのも楽しいだろう。

神は朗らかに笑みを称えたまま言葉を続けた。


「善意の子供を殺しはしないよ。

 ここに来るのは大層大変だったろう?

 宙に浮かぶこの居住に入るには大人の目を掻い潜ってゲートを通るしかない。危険なことをしたものだ」

「……だって、神様に会わないと」


漏れ出た言葉に神は首を傾げた。少年は下を向いたまま続ける。


「神様に会いたかったけど、駄目って言われて、どうにかして会いたくて……」


神の謁見に年齢や階級、性別、種族に一切の制限はない。

意志の強さでの精査はするが、この少年のように侵入する程の意志の強さを持っている者が門前払いされることはないはずだ。


「誰に駄目だと言われた?」

「え?国の役人に……。会いたいって言ったけど、親と一緒に来いって。

 母さんは仕事で忙しいからそんな時間無いし……」


つまり、自分の知らないところでそういう制限を設けている輩がいるということか。

後でヒューゴにでも頼んで取り締まるか。

全く、私の客に勝手なことをしたものだ。


「それはすまないことをしたね。

 それで?君は何を願うつもりだったんだい?」


少年はくっと辛そうに顔を歪めて神を見上げ、すぐに微妙な表情を浮かべた。


「いや、子供に言っても仕方ないし」


その言葉に神はきょとんと目を丸くした後、けらけらと笑った。

この少年は自分をこの居住に住む子供だと思っていたらしい。

まぁ見た目はそれ程年老いていないのだから仕方ないとはいえ、額から伸びる枝の様な一本角を見て普通の子供だと括るのか。

いや、世界には様々な種族がいる。

こういう種族がいるのだと、そう判断しても不思議ではないか。


「私はこう見えてそれなりに歳を取っているよ。この居住の中でも上の方に属しているしね。


 ああ、そうだ。神に君の願いを伝えてあげよう」


「え、本当に?」


美しく微笑み頷いた神に、少年は下を向いて思案し、漸く顔を上げた。


「……妹を治してほしい」


「妹?」

「病気なんだ。薬の代金が高すぎて買えない。俺も母さんも必死で稼いでるけど、全然足りなくて……」


顔を歪めた少年の言葉に嘘は見えない。

現状をつぶさに語る少年の言葉を聞きながら、神は一つ瞬きをした。


瞳の奥に淡い光が揺らめき、神の脳内に彼の妹の姿が映し出される。

病に苦しみベッドに横になる少女。難病ではないが、薬がなければ治りはしないだろう。

神は再度瞬きをした。


「良いだろう」


その声に少年は言葉を止めて神を見上げた。

神は微笑み、ついておいでと、口にすると迷いなく歩き始めた。

少年は困惑から立ち尽くしていたが、神が角を曲がろうとしたのを見て、慌ててその後を追いかけ始めた。


青白い月明かりに照らされた長い廊下。

自分の住む下町とは全く違う神聖な雰囲気に少年は唾を飲んだ。

下町は人が多いために所狭しと民家が増設されている。

そのため、こんなに長い廊下も、月明かりに照らされる様子も少年にとっては初めての体験だった。


はぐれぬように神の後を歩いて数分、ようやく神は足を止めた。

目の前には広大な庭。その中央に透明な膜に覆われた場所がある。

ゆらゆらと波打つ膜は月明かりに照らされて、淡い光をあたりに散りばめているようにも見えた。

絵本の中で見たオーロラの様だと、少年はその光景に見惚れ、目を輝かせる。


「あの中だよ」

「え?」


唐突な言葉の意味を理解できず、少年は首を傾げた。

神は瞳を細めて、再度前を向くとその膜に向かって当然の様に歩を進める。

ぶつかると思ったその膜はまるで何も無かったかのように抵抗なく通り抜け、少年は驚きに目を見開いた。


一体どういうものなのだろう。

そう考える間もなく、膜の中から手招きをする神の姿が見え、少年はぐっと奥歯を噛みしめると、その膜に体を当てて中へと入った。

抵抗感は一切なく、いつ膜を通ったのかすら感じることはできなかった。

膜を指で突いてみても、指が通ること以外、何も分からない。


「ほら、こっちだ」


背後から声を掛けられ、少年ははっとして振り返った。

神は微笑みを崩さず、手招きをしている。小走りで近寄ると、神はまた歩き始めた。

膜の中は思ったよりも広くて、見たこともない植物が所狭しと生えていた。

不可思議な形をした木々と葉、赤い実を成す蔓状の植物、花壇には小さな青い花が犇めき、鉢には黄色の花がこちらを向いていた。


「ここは西の国で見つけた植物を集めた植物園でね。中々楽しいラインナップだろう?」

「え?あぁ、はぁ……」


植物を愛でるということがよく分からない少年は首を傾げて適当に相槌を打った。

この中にある楽しい要素とは一体何なのだろう?

一応考えてみるが、少年にはやはりよく分からなかった。


そうこうしている内に、足を止めた神は木に実る薄黄色の丸い実を数個もいで、少年に手渡した。

次いで、近くに生えていたぎざぎざした青い葉も数枚千切り、少年へと手渡す。


「その二つを一緒に煎じて妹に飲ませなさい」

「え……?」


「薬草だ。

 君の妹の病には良く効く。日に一度、数日飲ませれば効果が出るだろう」


手渡された植物と目の前にいる神を何度も見比べて、少年は本当に?と小さく声を上げた。


「本当だとも。さぁ、出口へ案内しよう」


困惑している少年の横をすり抜け、神はまた歩き始めた。

少年はもらった薬草を大事そうに抱えると、神の後を慌てて追いかけた。


これで妹が治るのか、まだ半信半疑ではある。けれど、ここは神の居住で、目の前の人はここに住んでいる。

本当に治るなら、願ったり叶ったりだ。


先ほどの膜を抜け、長い廊下を歩く。

角を曲がり、また長い廊下。

不思議と誰とも出会わなかった。


自分が入り込んだ時は何度か人と遭遇しそうになり、身を隠したというのに。

そして、(ようや)くゲートへと辿り着いた。


ゲートは地上と神の居住を繋ぐ大きな魔法陣のことを指す。


神に謁見する者はこのゲートを通り神の居住にやってくる。

少年が地上のゲートを使ってここに来た際、地上に見張りはいたが、居住側には誰もいなかった。


そして今も、神の居住側のゲートには誰もいない。

一先ずゲートに入り、地上に降りることはできるだろう。

けれど、地上に降りれば必ず見張りと出くわすことになる。

地上に降りたら、走り抜けてどうにか逃げるしかない。少年はぐっと奥歯を噛みしめた。


そんな少年の肩をとんと神は叩いた。


「下に降りたら、ゆっくりと横の茂みに隠れて、町へと帰りなさい」


見張りに見つかると説明に時間がかかるだろう?と笑った神は少し悪戯めいた色を滲ませていて、少年はこの人も隠れて下に降りることがあるのだろうと何となく悟った。

だから、素直に分かったと頷いて、初めて、ちゃんと笑顔を浮かべた。


「いろいろ、ありがとう。すげぇ助かった」

「そうか。こっちも楽しかったよ。次に来た時は妹を連れておいで。ゆっくり話でもしよう」

「うん!じゃぁな!」


少年はゲートに飛び込むように入り、その姿は音もなく消えた。

地上へと帰ったのだ。




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