Paragraph 3/御用改めであるⅠ/X-OUT
『ー―入電。第一ポイントより報告なし。使い魔の消失を確認。
――入電。第二ポイントより報告なし。以下、第七まで同じ。
――入電。第八ポイントより報告。警戒中の標的の消失を懸念。外部侵入の可能性あり。
――入電。第八ポイントより報告なし。使い魔の消失を確認。直ちに現地入りし状況の確認をされたし。
――入電。嘱託の魔女と幻想騎士の入国を確認。コールサイン、フォーマルハウト。各員警戒されたし』
///
「状況は?」
ハワイの地に降り立ち、数日に及ぶあまりの悪天候でハワイでの予定が全て消し飛んだ藍那に宗次郎を押し付けて空港をあとにした夏喜とジューダスは、現地にいた魔術師の組織と合流していた。
「使い魔から転送されてきた情報では一瞬だけ人影を捉えている。見た感じ、東洋人の男性と言ったところだ」
「ふーん。それはわたしにも見せてくれるの? わたしも一応東洋人だけど」
夏喜は自分の立場を十分に理解している。彼女はあくまでも派遣された魔女に過ぎず、ましてや管轄違いの魔法協会の領域である。第一と第五の重役が絡んでいるとはいえ、北アメリカ大陸を拠点とする第三魔法協会としては、外部の魔術師に事細に情報が共有されることは好ましくない。そのため、夏喜は出しゃばることはせず、必要とあらば協力をする心構えであった。
「私の権限ではなにも。といっても、我々もまだ何も掴んでいない」
「君たちの目的は? なにか理由があって動いているし、だからわたしが派遣されたんでしょ?」
「詳細は言えないが、標的は魔術結社X-OUTに関することだ」
「聞かない名前ね。けど、協会が徒党を組むぐらいだから厄介なことをしてそうね」
一瞬、夏喜の対応をしている魔術師の表情が曇る。近くにいた魔術師からも指すような視線が夏喜に向けられた。それを受けて夏喜が両手を上げる。
「失礼。悪気はないわ。けど、結局わたしにはまだ情報はくれないのよね。なら静かに待つわ」
「……いや、共有できるところまでは今する。X-OUTは去年の頭から活動が活発となった南米を拠点とする魔術結社だ。目的はよくある神秘の蒐集だが、厄介なことは他にもある。南米カルテルをスケープゴートにしている形跡があった」
「? 魔術結社が麻薬となんの関係が?」
「近年アメリカで流通が確認されたもので『赤薬』というものがある。アッパー系のものだが、毒性が高く、急性中毒からの死亡例が散発している。その『赤薬』の出処という情報がある」
「そこまでわかっていて、今はどうしたいの?」
「それは言えない。我々も確認中だ」
「――いいじゃないか。話してやれよ」
二人の間を割る声。夏喜はその声を聞いただけでことの重大さを認識した。
「君がいるってことは、まじで一大事じゃないか、アギト」
黒色のコートで身を包んだ大柄の男。全身に夏喜と同様の紫煙の匂いをまとっていた。
「久しぶりだな、倉山。お前も呼ばれていたとは、なかなか大事だ」
「わたしは会いたくなかったよ。ムッツリ親父」
「ムッツリじゃねぇし親父でもねぇ。お前とタメだろうが。んなことより、こいつがお前の幻想騎士か」
「ええ。ジューダスよ。ジューダス、こいつは斎藤アギト。フリーランスの魔術傭兵ね」
「紹介が軽いな。まあいいさ。おい、この女は信用できる。どうせオレに説明するなら一緒にしてくれ」
アギトに促され、魔術師が渋々資料を広げた。
「標的は先程説明した通りX-OUT。ここ、オアフ島のカアラ自然保護区に潜伏していた。アジトと思われる倉庫のような施設に八騎の使い魔を配置して監視していたところ、内七騎が何者かによって消失。鷹の目の術式を施していた八騎目だけが残り、唯一男の姿だけを確認できた。最終的には八騎目も破壊されたため、詳細は現地入りが必要になる」
資料にはオアフ島の地図、管理施設が以前使用していただろう倉庫の映像と使い魔の配置図の他に、一人の男の姿がプリントされていた。その姿を見た東洋人の二人だけが、それが何かを感じ取る。
「……何かわかったみたいだな」
ジューダスもそれを感じた。夏喜とアギトにだけ通じるなにか。二人は視線を合わせ、それだけで答え合わせは済んだかのように口を開く。
「そうね。日本人なら歴史で習う。こいつは幻想騎士。名前は――」
///
数時間前に遡る。場所はカアラ自然保護区の中心地より南西に数キロ離れたところに建つ旧倉庫。鬱蒼とした木々に囲われた忘れられた場所。そこを囲っていた木でできた一騎の使い魔が一刀のもと斬り伏せられた。
「こいつが使い魔の類か。話には聞いていても、実物は案外あっけないな」
背に骸の刺繍を施したライダースジャケットを羽織ったオールバックの男。左腰には鋼鉄の刃が収められていた。
幻想騎士・黒鉄。スワンプマンより承ったある指令を遂行するために単身X-OUTのアジトへと潜入しようとしていた。
「ふむ。今ので炙り出せると思ったが、別のものか。ひい、ふう、みい……残り九つ。さて、当たりはどれかな」
アジトの周囲を取り囲む使い魔の監視網。そのどれがどちらかの判別がつかない以上、黒鉄としては一つずつ当たりを引くくじ引きを強いられている。なぜなら、どれかの使い魔によって強力な結界が敷かれており、アジトへの侵入が阻まれていた。
「面倒だが、虱潰しは仕方ない。あの頃に比べれば、浮いてるだけの凧にも劣る」
重心を落とし、地面を深く踏みしめる。呼吸を整えた黒鉄が――風へと変わる。
施設の周囲を覆う結界は、半径200メートルに及ぶ。外周1200m強を駆ける影が、およそ三分で八騎もの使い魔を斬り伏せた。
「当たりは二つだったか。残りの一つは別物ならばいまは無視していいだろう。さて、結界が消えた以上、逃げられる前に終わらせるか」
黒鉄が倉庫へと踵を返す。結界が晴れたことで、内部からは異様な雰囲気が漏れていた。
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「――結界が破られた!? 協会のエージェントが強行したのか!?」
倉庫内には大柄な男が二人とフルフェイスヘルメットを被ったタイトなレザースーツを着こなした女性、そして白衣を着たアジア人が赤い薬品を囲っていた。
その中で、外を覆っていた結界が消失したことで白衣を着たアジア人――ハカセがうろたえている。
「落ち着けよハカセ。あんたはブツを整理してゴーグルと裏に行きな。ここはオイラとレンジャーで十分だ」
ゴーグルと呼ばれたのは――フルフェイスヘルメットの女性であり、レンジャーは大柄で黒い肌の筋肉質な男性である。
「この薬が協会に奪われれば我々は崩壊する。幻想騎士なら死んでも止めろ。来いゴーグル。荷物をまとめるぞ」
ハカセに促されて倉庫の奥へとゴーグルが消えていく。
「やれやれ、日本人はせっかちだな。時間は終わらない。まあ、オイラからしたらだが。お前はどうだレンジャー」
「……どうでもいい。オレは敵を殺すだけ。その仕事をするだけだ」
「つれないね。今を生きるなら楽しめよ、レンジャー」
「……」
僅かな沈黙。それを打ち破ったのは鋼鉄の扉を蹴り飛ばす轟音だった。衝撃で土埃が舞い、入り口からは陽光が侵入者の背中を照らしていた。
「誰だ!」
レンジャーが声を上げる。視線逸しの術式を組み込んだ使い魔を使用し二重に展開した結界をたやすく突破する能力を持つ侵入者に警戒度を最大にする。
「――古典は好きかな。貴様たちからすれば、俺は辻斬り。名を聞こうなどと、道化が過ぎる」
黒鉄が倉庫内に歩みを進めた。迎え討つ二人の巨躯を目にしても彼の意志に変わりはない。
――男子ならたとえ暗殺でも正面からぞ。そのほうがかっこいいであろう。
別れた友の言葉を思い出す。彼を縛る呪いにも等しくも、彼自身の心情の礎となっていた。
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