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エンド・オブ・フォーマルハウト  作者: まきえ
<CHAPTER 01/神の奇跡/HELENA>

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3/31

Paragraph 1/伝統魔法都市/London Bridge


「――なんでわたしはこんなところにいるのだろうね」


 ウェールズでの騒動を経て、イギリスはロンドンへと移動した夏喜とジューダスだったが、不機嫌極まりない表情で腕を組んだ夏喜がタバコを吹かした。霧のロンドンと呼ばれるだけあって、曇天の天気で昼間だと言うのに辺りは妙に暗い。


「新しい仕事を貰えるならいいじゃないか。ビジネスウーマンなんだろう」

「茶化すねぇ、ジューダス。手柄を強奪する代わりの依頼だなんて、勘定が合わないでしょう」


 スノードン山の麓の教会のいざこざを収めた一周回ってハイセンスな男は名乗ること無く、夏喜たちをロンドンまで連れてくると、事もあろうに救出した子供も奪って一時的に離れていった。


「ロンドン橋で待ってろ、って新たな詐欺かね。ほれ見ろ、東洋人に対する冷たい視線。紳士の国はどこにいったのやら」

「拗ねるなよ。あれは咥えタバコで不機嫌な女を哀れむ眼だ。妙な被害者意識は差別主義者のすることだぞ」

「言うじゃない、ジューダス。君はムカつかないの? ありゃカタギの所業じゃないでしょう。結局ローワン牧師のことも教えてくれないじゃない」


「――何だ何だみっともない、まったくガキかよ」


 いきなり夏喜に悪態をつく声。夏喜が冷たい視線で振り向けば、噂の男が立っていた。


「うっわ。出たわね、エージェント・スミス。昨日と同じ格好・・・・・・。二周回ってハイセンスだわ」

「イギリス人はシャワーは三日に一回だ。んなことはどうでもいい、伯爵がお待ちだ」


 男はコンコンと橋の欄干を軽く叩くと、周囲の音が不思議と消えてしまった。それどころか、――時間そのものが停止しているように、人も車も雲も空間に貼り付けられている。


「話は早いほうがいいだろう。こっちだ」

「その前にこれの説明は?」

「ただの時空反転だ。このロンドン橋の上を魔法を知らない連中から切り離しただけだ」


 男は『だけだ』と言ったが、この魔法の技術は荒唐無稽なほど高水準なものであり、夏喜にとっても肌で感じることは初めてなことであった。


 スノードン山では結界の"異界化"によって現実世界と結界内を隔絶したが、両者の時間軸は同じものであり、範囲内のものを選択して結界から弾き出す性質は持たない。だが、ハイセンス男が起動したものは夏喜たちと一般人を明確に区別して時間軸を切り離した。もはや、世界の理からの分離に近い。


「驚いたな。さすがは魔法都市といったところか」

「これはロンドンの伝統芸能のようなものだ。魔法使いの居住を保証するにも重要だからな、こうすれば()()()は最小限で済む」


 ジューダスは感心し、夏喜が困惑しているそばで、男は虚空に手を伸ばし、パントマイムのように何かを()()()()をすると、無色の扉がゆっくりと開かれた。


 無色の扉は目には見えなくとも、感覚として扉を認識でき、その向こう側は白い(もや)がレースのように空間を隔てている。男が先に虚無に入ると、一瞬にして姿を認識できなくなった。


「さあ、入れ。仕事の話をしよう」


 こもったような声が響いたが、ジューダスは何も疑うこと無く中に入っていく。後を追うようにして急かせかと夏喜も入るが、その先に広がるのは、わずかに違和感の残るロンドン橋の上だった。


「なんかしっくりこない・・・・・・。さっきまでいた人とか消えてるし」


 先程までいた人も車もいなくなり、ロンドン橋の上には夏喜とジューダスとハイセンス男の三人だけとなった。空の様子も、広がっていた曇天はなくなり、ロンドンでは珍しい快晴となっている。


「うむ。時空反転とは面白い魔法だな。風景すら反転化しているぞ」

「鏡面世界ともいう。ロンドン全域に展開される仮想地区だ。オレの()ではロンドン橋(ここ)からしか入れない」


 ハイセンス男の指にはめられたリングに簡易な鍵の意匠が掘られていた。これが彼に与えられた鍵であり、彼の話ではこういう入り口がいくつか存在していることが伺える。


「伯爵がバークレーストリートのレストランでお待ちだ」

「めっちゃ遠いじゃん。五キロ(3マイル)くらいあるじゃない。紳士の国なら馬車くらいないの?」

暴れ馬(ユニコーン)は交通には使えん。おとなしく歩け」

「クソみたいなコンビニエンスね。元の世界なら直ぐなのに」


 グチグチと悪態をつく夏喜を余所にハイセンス男はどんどんロンドンの街並を歩いていく。機嫌の悪い夏喜の代わりにジューダスが口を開いた。


「おい。そろそろ名前くらい聞かせてくれてもいいんじゃないか。依頼人の代理さんよ」

「言ってなかったか? ヒース=ベールだ。所属はない」

「聞かない名前ね。実績(ポートフォリオ)は?」

「秘匿事項だ。調べてもないぞ」

「やっぱエージェント・スミスじゃん・・・・・・」


 しばらく歩いているとチラホラ人の姿があった。佇まいから一般人とは程遠く、古典的な全身を包むローブととんがり帽子を被り箒で空を飛ぶ姿も見えた。現実世界で飛翔能力を有する魔法使いは絶滅危惧種となっているため、鏡面世界ならではの光景なんだと夏喜は裡で納得する。


「着いたぞ。伯爵は中だ」


 到着した建物の入り口には『|日本食《JAPANESE FOOD》 大悟(DAIGO)』と銘打たれており、表世界ではそれなりの名店であった。


「いいとこにいるわね。さすがは伯爵」


 入り口に近付くと、中から扉が引かれ、タキシード姿の執事が出迎えた。彼らの案内に従い夏喜とジューダスが中に入ると、すだれで仕切られた個室と思われる空間の前で止められた。


「伯爵、クラヤマ様が到着致しました」

「入れ」


 引く声が響く。ゆっくりとすだれが上がり、その中で立派な口ひげを蓄えた恰幅のいい老人が寿司ロールを頬張っていた。


伝統魔法都市(ロンドン)へようこそ、極東の魔女。吾輩がケビン=ゴッドバルトである」




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