Paragraph 12/ドリーム・スタッキング/Love Is Over
――カチリと。何かが動く音がした。
暗い微睡みを感じていた。
重く、まとわりつくような眠気。目を開けているのか閉じているのかもわからないほどの暗闇に、魔女の身体が浮いている。
「ここは・・・・・・」
まるで夢だと、心の裡でつぶやいた。意識や知性では制御できない、ただ流されるだけの仮想世界。
けれど、ここでの出来事は夏喜の中に深く入り込む。
魔女の視界が一変し、どこかの店舗の棚が映し出された。訪れたことがない場所だが、理解はできる。
切り取られた場面は、ドラマのようなワンシーンとして夏喜の視界と重なる。人の背よりも高い棚からして、コンビニではなくスーパーだろう。無音の映像ではあるが、浮遊しているカメラ映像には、オーガニック製品が並ぶ棚の前で、およそ不釣り合いな集団が屯していた。
「この子たちは・・・・・・」
円陣を組むかのように5人の女子高生が身を寄せ合っている。まるで周りから何かを隠すように、隙間の空いた素人のスクラムはかなり異様だった。
その中で1人だけ、見覚えのある少女がいる。半日前に顔を合わせた、ストレートパーマをかけた茶髪の子――鈴蘭の友人であるA子の姿があった。
傍から見ても、彼女らの行動は不審に映る。何かを隠す仕草は容易に想像がつく。あたりを見渡す視線や表情には焦りすら見える。
そこに、もう1人見覚えのある少女が通りがかった。程よく日に焼けた褐色の肌、染めてからかなりの時間が経った髪色、赤いピアスと青いカラーコンタクトに薄く塗ったグロス。夏喜が初めて遭逢した日の鈴蘭の姿がそこにあった。
その鈴蘭を視認したA子の表情が変わる。恐怖。わかりやすいほどの感情をさらけ出していた。出会い頭に何かを叫び、その様子に鈴蘭は困惑している。
集団の中の1人が棚から瓶に入ったオーガニックオイルを取り上げ、鈴蘭に目掛けて投げつけたとき、目を疑う事が起きた。
理解の範疇を超えた出来事として、ひとりでに大きな棚の1つが倒れた。誰の眼にも不自然に、けれど確実にそれは起こった。
倒れた棚によって鈴蘭に当たろうとして瓶は遮られたが、事の騒動に気付いた店員が駆けつける。それから逃げるように集団は散り散りになり、目の前の出来事に硬直していた鈴蘭だけが捕まってしまった。
現場に残されたカバンは、鈴蘭たちが通う高校の指定のもの。そこからいくつかの未会計の商品が出てきたことから、万引きの現行犯として警察に引き渡されてしまった。
その様子を眺めていた夏喜にだけは、何が起きたのか理解ができた。
昔の無音映画のようではあるが、意味もわからずいきなり鈴蘭は罵倒されたのだろう。その時に彼女の背後に黒い影が浮き上がり、瓶が投げられた瞬間、鈴蘭を護るように棚に伸びた影の腕がそれを引き倒した。
――カチリ。
場面が変わる。
人工的な風景から一変し、深い夜になった。鬱蒼とした木々をわずかに整備された道を集団が懐中電灯を手に進む。背後には道の両脇に拝所のようなものがあり、互いをチェーンで道を塞いでいたが、それをくぐって進んできたのだろう。
集団の後方にはA子とBパイセンが赤色に髪を染めている鈴蘭に寄りかかりながら歩いていた。ため息をつきながらも、先へ進んでいく連中に遅れまいと歩みを進めている。"肝試し百峠"の最中だろう。その場所もどこかは夏喜も理解していた。
沖縄県の有名なリゾート地域である恩納村の一角にある心霊スポット。ユタの修行場の1つであるSSS内を探索している。
意気揚々と進むE助とF郎、カップルで楽しんでいるC友とD男、そしてそれに続く鈴蘭とA子とBパイセンの順で周りを見渡しながら集団は先を進むが、数歩進むたびにA子とBパイセンは叫んでいるようだった。
なぜか。あたりと比べて明らかに瘴気の強い霊場であるためか、霊感の強いものなら容易に吐き気に見舞われるほどの低俗霊が蠢いている。
丑の刻に訪れたカモに群がる低俗霊。彼らの性質は、より霊的な感受性が強い者に引き寄せられる。自らを埋めるために、取り憑こうとする。そのために、周囲一帯の低俗霊が鈴蘭に大挙して押し寄せていた。
そして、腕を周囲に振り、それらを殲滅する影。影の行動により、辺りではポルターガイストまがいな現象が起きていた。
太い木の枝が折れたり。埋まっていた石が動いたり。石垣が崩れたり。その他、多くの怪現象が起こっていた。
夏喜が訪れた時はかなりの瘴気が薄れていたが、その理由はこれかと納得する。彼が払い除けたことで、霊場としての機能が低下していたようだった。
――カチリ。
また場面が変わった。先程のメンバーが移動手段として使用していたワンボックス車が停車している。車内では女性陣が夜中の疲れからか眠っていた。男性陣は運転の休憩を兼ねてか、社外に出て缶コーヒーを片手に紫煙を揺らしている。
「なあ。お前は誰が好みか?」
声が聞こえる。先程まで無音の世界にいた中で、男たちの会話だけはなぜか知覚できた。D男がバイク仲間のE助とF郎に探りを入れている。
「やっぱ■っしょ。あんな女そういないばーよ。お前は誰か?」
F郎の好みはBパイセンかーと夏喜が1人納得する。高校生ながら、出るところは出て、引っ込むべきところは引っ込んでいる妖艶な身体をしており、女の夏喜からみてもいい身体をしていると思っていたが、身近にもっといい女がいることを思い出して嫌な気分になった。
「俺は特にいないな」
「強がんなやー。軽くよ考えれ。ヤるなら誰だば?」
F郎に促されたE助は答えを濁した。その答えに気に入らないD男が口を挟む。
「ヤるなら・・・・・・。あー、ヤるなら鈴蘭かやー」
「は~? 胸もお尻もないのになんでよ。ロリコンか?」
「ロリコンではないだろ。◆、知らんば? あいつの母親めっちゃエロいど。なら鈴蘭もあるやんに?」
「どんなよ。馬鹿か」
ガハガハと笑いながら方言まじりで品のない会話をしている男たち。その会話は、車の中で寝息をたてている女性陣に聞こえることはない。
が。影だけが。鈴蘭の背後から湧き上がる憎悪が。E助に対して明らかに敵意を向けていた。
――カチリ。
バイクを運転しているE助の姿が見えた。暗い道を巧みな操縦技術によって疾走する。
黒色の車体が夜を駆け、赤いテールランプが尾を引く。目指している先はどこかは夏喜にはわからないが、次第に見覚えのある道が見えてきた。
「そこはだめだ!」
魔女が思わず夢の出来事に叫ぶ。
叫んだところで、もちろんその先が変わることはない。それが夢である以上、干渉することは叶わない。視聴中の映画に忠告しようにも、その内容が変わることは決してない。
住宅街から人通りの少ない新しい道を風を切って進むバイク。その先は、――
地面から湧き上がる何か。本来なら、霊感のない人ならば視認できることはないだろう。トンネルの真ん中で佇むそれが、接近してきたE助をバイクごと壁に叩きつける。
速度が乗っていたバイクから投げ飛ばされたE助がトンネルの壁面に激突し、衝撃で全身の骨が砕け、内臓に突き刺さる激痛で意識を失いかけた身体に、遅れてきた車体が突き刺さった。
耳を塞ぎたくなる音とともに、壁に血が飛び散る。壁とバイクに挟まれたことにより、おそらく彼はそのまま帳を下ろしたのだろう。動くことなく、激突によりちぎれた下半身が地面に落ちた。
――凄惨な事故の場には、すでに影はなかった。人通りの少ない場所でも、聞き馴染みのない不快な轟音は、誰かの耳に届いていた。
――カチリ。
夜のコンビニ。外に漏れる光は夜の闇を眩しく裂く。
そのそばで、携帯電話を眺めている鈴蘭がいた。わずかに恥ずかしげに、その内心は他人が見ても透けているほど高揚している。
『コンビニ着きました。待ってます』
その言葉だけが、薄い液晶に映し出される。返事はなく、待ち人の到着とともに心待ちにしていた。
遠くで、――サイレンの音が聞こえる。
――こんなの、間違っている!
魔女が裡で叫んだ。
若人の青春は、一度限りだ。それが万有以外の力で捻じ曲げていいものではない。
人の人生は過去が作る。それが良いものでも、悪いものでも然りであり、その場にいないものがどうこうして良いものではない。手が届く範囲で努力し、先に進むのが人であると、夏喜の感情が爆発する。
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「ちっ、結界内に入れない・・・・・・」
結界内で氾濫する影の影響で、神槍を構えているジューダスがたたらを踏んだ。夏喜が下地し、彼女の指示で結界線を結んだジューダスだからこそ、この結界の強度と性質はよく理解している。
膨れ上がる質量があろうと、決して外に出ることはないだけの設計をしている。だからこそ、溢れ出た影が外に漏れることはなく、麗蘭の身の安全も、周辺地域への呪いの露出もない。
けれど、だからこそ中に入る隙間がなければ対処の仕様がない。
「ナツキ! 無事か!?」
ジューダスが影に飲み込まれた魔女の名を叫ぶ。わずかに、魔力の残渣を感じていた。
「――っどぅりゅあああ!!」
何かを中心にして放射線状に影が消失する。わずかな隙間。その中に、意識を失っている鈴蘭を抱えた夏喜の姿があった。
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