Paragraph 8/そばにいるよ/Remember Me
「次行こう次。今日で終わらせて家に帰りたいし」
遅めの昼食を終え、満腹とは反比例して痩せ細った財布を見つめる夏喜を尻目に、鈴蘭の気分は高揚していた。
「現金が壊滅・・・・・・。そこのコンビニでお金下ろしてくる・・・・・・」
トボトボと歩いていく夏喜の後ろ姿は寂しげだった。ジューダスと鈴蘭はそれを見つめる。
「ねぇ。あなたはなんであの人と一緒にいるの?」
ポツリと、鈴蘭が口を開く。昨日からの旅路で、鈴蘭からのほうから言葉をかけたのが初めてだったために、ジューダスがわずかに口をつぐんだ。
「・・・・・・はじめにナツキが言ったとおりだ。オレとあいつはビジネスパートナーだよ」
「男と女なのに? パートナーなのにずっと一緒にいるの?」
鈴蘭の疑問は当然のことだった。朝の時間で、夏喜からジューダスとは常に一緒だと聞かされていた。衣食住を共にし、仕事で外に出ても同じ部屋に泊まる。2人のあり方は夫婦のそれであると。それなのに、どうも2人の一定の距離感には違和感を覚えていた。
「お前には、オレたちが夫婦か何かだと感じているようだが、オレたちにあるのは"信頼"だけだ。"愛情"とは違う」
「うちには一緒に感じるけど」
「"愛情"の反対は"無関心"という。対して"信頼"の反対は"拒絶"だ。離れることに違いはないが、その在り方は明確だよ」
「"憎しみ"じゃないの? "愛憎"っていうじゃない」
「両者の反対は共に"憎しみ"ではない。"憎しみ"の根源は"執着"だからな。オレとあいつは一緒にいるだけで、乾いたものだよ」
「プラトニックなんだ。意外・・・・・・。大人って、もっと激しいものだと思ってたから」
姿が見えなくなった夏喜の残像を、鈴蘭はなにかに思い耽るように眺めている。鈴蘭の心情はジューダスには預かり知らぬことではあるが、彼女の感情は生の経験の差にあると悟っていた。
「お前はまだ若い。大人になればわかる」
決して子供扱いした言葉ではない。人生という時間の尺度では、16年はあまりにも短い。天寿を全うする事を前提とすれば、彼女の時間の密度はまだ半分にも達していない。それは、ジューダスが幻想騎士として過去に経験した何よりも薄く、浅く、――そしてなによりも鮮やかだった。
「生きていれば、良いことも悪いこともある。周りが騒ぐだけのもの、自ら選択するもの、それらすべてが糸を紡いで人生がある。未来は、やはり過去の経験の積み重ねでしか完成しない。今回のことも、きっとなにかの足しになるはずだ」
「そうかなぁ。先輩たちとの"肝試し百峠"も今回のも、うちからすれば連れられてるだけなんだけど・・・・・・」
――変わるはずだ。自覚がなくとも、その影はきっと意味がある。
鈴蘭から離れない影は、より濃く、そして、次第に形をなそうとしていた。不定形な存在ながらも、わずかににじみ出る感情に、ジューダスは考えを改める。
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遅めの昼食を終え、財布も膨らんだところで"肝試し百峠"を続行した。宜野湾市の嘉数高台は京都出身の兵士が沖縄戦で殉死したことを祀った慰霊碑があり、また、敷地内は戦時中の拠点であったことから未だに多くの名残があり、負の要素が多くあるために霊場として構築されている。夏喜とジューダスの眼には、銃剣を持つ兵の霊が列を成して行進している様が映っていた。
夏喜の感想では『死の因子はあっても引き込むだけの事象は残っておらず、どちらかというと守護に全フリした聖域』であり、ジューダスの見解は『異常なし』であった。
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次に訪れた浦添城址だが、陰と陽の二重性質を持つ特殊な聖域であった。陰の性質は"浦添ようどれ"と呼ばれる琉球王朝時代の陵墓であり、王族の墓という名声により聖域に昇華されていた。陽の性質はディーグガマと呼ばれる御嶽による信仰の拠点であり、城址周辺地域にも点在していることから、土着の聖域となっていた。
そして、それだけの聖域が心霊スポットとなっている原因は、やはり沖縄戦という悲惨な現実が影響している。陵墓と御嶽という聖域を上書きする死の結果が敷地内に蔓延っていた。
少し瘴気が濃いと夏喜は感じていたが、鈴蘭に憑く影はそれほど乱れておらず、これといった問題はないと判断し、最後の火災にあったダンスホールに向かうこととした。
「あ。忘れてた。そこに行く前に首里城にも行ったんだった」
首里城――琉球王朝における最大規模の城であり、琉球国を統一した尚巴志から王家の居城となった御城の城址である。
「そろそろ世界遺産になるかもって話だから、今のうちに見納めしようって先輩が――あ、この先輩がバイク事故で亡くなったんだけどね」
「なら行ってみたほうがいいだろう。歴史的建造物でもあるし、そこにも大きな霊域があると聞く」
「えっと。御嶽と陵墓があるなら、行ってみる価値は十分か」
直接ダンスホールに向かう前の寄り道とハンドルを握った。あいにく那覇市首里は近場である。日は暮れだしているが、今日中に"肝試し百峠"の追体験を終えることは十分可能であった。
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「あ、この道からショートカットできそう。地図にはないってことは開通したてのようね」
しばらく車を走らせていると、新しい道を発見した。地図の道を通ろうとすれば住宅地を回り込む必要があるため、その間を通り抜けるトンネルがあることに気付いた。未だ工事の途中のようだが、車が通るだけの道は完成しており、そこを通れば首里城までの時間を省けそうと判断した。
「・・・・・・ろ」
「ん?」
後部座席から鈴蘭の声がしたが、小さすぎてうまく聞き取れない。聞き返そうとバックミラー越しに視線を向けると、――
「ヤ゛メ゛ロ゛!!」
目の色を変えた鈴蘭が前へと腕を伸ばし、後ろから夏喜の首を締めた。首を締められたことでハンドルが乱れ、車体が路肩に接触する。ブレーキを掛けて車のコントロールを取り戻し、横転しないように調整してトンネルの手前で停車させた。
「――『マンナズ・アンスールオス』――!!」
助手席に座るジューダスがとっさに二節のルーン文字を虚空に描く。鈴蘭の腕には、明らかに彼女のものとは違う何かが宿っており、"内なる自己"を象徴する『マンナズ』でそれを表面化させ、魔法障壁を単一詠唱で発現させて首を掴む手を弾いて夏喜を守護した。強い力で気道を締められたことで夏喜が咳き込む。
「――『イス ――」
「ジューダス、よせ!」
急な攻撃から引き剥がし、拘束のルーン魔法を発動しようとしてたジューダスを制する。魔法障壁により夏喜への攻撃を防いだだけで十分だとし、影に操られた鈴蘭が魔法障壁を叩く。
「コ゛レ゛イ゛シ゛ョウ゛ス゛ス゛ム゛ナ゛!」
鈴蘭の声とは程遠い、深く低い声が車内に響く。白目を真っ赤にし、黒い影は鈴蘭の身体を操り人形のように動かしていた。異常事態だと判断するジューダスだが、夏喜が車を路肩に移動させて止め、鈴蘭へと振り返る。
「これはわたしのミスだ。君にとって、ここは通ってはいけないところだったんだね」
「どういうことだ、ナツキ」
疑問に思うジューダスだが、夏喜はトンネルを指差す。その先には、トンネルの側面に広がる擦れた跡と、花束が鎮座していた。あからさまな事故の傷跡。置かれた花束から、まだ古くないことは見て取れた。
「君は、ずっと鈴蘭のことを護っていたんだな。だから、彼女の感情に共鳴して現れた。だからわたしを止めた。今回の"憑き物"も、そう呼んで良いものではなかったらしい」
興奮冷めやらぬ影に言葉をかけ、携帯電話を取り出した魔女が電話を掛ける。彼女の中で、この事象の方向性が固まった。そのために、最後のピースを埋めなければいけない。
「もしもし。麗蘭、君に確認したいことがある。今から出れるかな」
電話の相手は、鈴蘭の母。娘を守るために今回の件を依頼した張本人。その彼女が、この出来事のすべての鍵を握っている。
_go to "Annulus".




