Paragraph 6/"肝試し百峠"/Dream Drive
「ハッハッハッ! なんかあれだね! 死体探しではないけど、スタンド・バイ・ミーみたいでワクワクするな!」
窓を全開にして沖縄県を縦断する国道を北上する。思いのほか冷たい風すら心地よく、沈む夕日が空を茜色に染めていた。
「イーヤーダー! かーえーしーてー!」
「駄々をこねてもダメだぞ。なんせ、その影は君がいるから悪さをしないが、言い換えれば君が離れればこいつはわたしを襲うだろう。今さっき知り合ったにしても、名前も顔も知っている人間が傷つくのは嫌だろう?」
「脅迫する気!? マジありえんし! あと寒い! 窓閉めてよ!」
「まあまあ。君の身の安全はわたしたちが近くにいる間は保証するよ。お、エンダーだエンダー! さっきはゆっくり出来なかったしドライブインしよう。やってみたかったのよね、ドライブイン」
国道沿いに店を構える日本には沖縄県にしかないファーストフード店へハンドルを切った。駐車場の一部には、ドライブスルーのインターホンのようなものが個々のスペースに設置されており、そこで注文を取り、店員が商品を運んでくるシステムのようだった。
「ジューダスはルートビアよね。わたしはオレンジにしよう。鈴蘭は何がいい?」
「え。あ。う、うちもルートビア・・・・・・」
「オレは一番大きいサイズで頼む」
「はいはい。全部ビッグサイズにするわ。なんせ先は長いもの」
三者三様の注文を済ませ、定員が商品を運ぶまでの間にルートを確認する。本来なら"肝試し百峠"で最後に訪れたダンスホールから確認したほうが楽だが、順番による影響を考慮して最北のスタート地点から南下することにした。
「えっと。とりあえず行き先は本島最北の辺戸岬として、・・・・・・ザッと100キロか。長いドライブになりそうね」
「そこからがスタートのなんだろう。半分も進んでいないぞ」
「仕方ないわ。なんせそういうコースなんだもの。今日が週末で良かったわよ。鈴蘭に学校を休ませないようにしないとね」
今日は金曜日であり、時刻は日没前。まっすぐ最北端まで行くのに車でおよそ2時間。夏喜としては、日曜日までに実地調査を終わらせる算段だった。
「え。まって。それって、うち日曜日まで拘束されるってこと?」
「最悪そうなるわね。大丈夫、野宿しないように善処するわ」
「心配するとこそこじゃないし! ありえない、マジ人攫いだし!」
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「さて。調査始めるわよ」
長距離の移動ということもあり数回休憩をはさみつつ、陽もとうに暮れて、スタート地点の辺戸岬に到着したころには宵の口となっていた。一応観光地ということもあるが、オフシーズンということもあり人はまばらで、強い海風が身体を冷やす。
「最初のはただ58号線を南下するだけよ。特別なことは何もしてないし」
沖縄最北の心霊スポットは、事もあろうに国道そのものにある。最奥の集落と辺戸岬の間の国道58号線を時速70キロ以上で走ると事故に合うというもの。
本来人の往来が少ない箇所のインフラは乏しくなるものであり、観光地沖縄県でもそれは当然のごとく存在する。この区間も例に漏れること無く、道路沿いには街灯はなく、人すら歩かない。外で聞こえるのは野生動物の声と風が揺らす木々の音。
その静寂を切り裂くように猛スピードで走行していると、なぜか後部座席のドアを叩く音がするという。その音に気付き、振り向くと・・・・・・。そしてその車は必ず事故に合う、と言われていた。
「フロントガラスに手形が付いたり、後部座席に知らない女が座ってたり、よくある話よ。単にスピードの出しすぎないように広めた与太話ってのがオチだし」
「うん。それはそうだ。子供に対して鬼が出るぞと変わらない程度の低い怪談話なんだろう。けどね、この地域の霊域は確かに本物だよ」
「それって、御嶽の事?」
「さすがノロの娘だ。わたしも来るときにわかった。この辺りは安須森御嶽のお膝元さ。土地そのものが霊山だからこそ、その力が強い。この怪談もそこからこぼれたものなんだろうさ。実害があるものじゃない。まあ、《《君以外》》にはね」
夏喜の視界には、鈴蘭を取り巻く影が激しく蠢いているのが見えていた。ジューダスにも同様に視認できている。何かが鈴蘭を襲おうとしているが、本人がそれを認識していないからか、彼女は頭上にハテナを浮かべていた。
「たぶんここを離れれば落ち着くだろうさ。ここはスピード違反しなくても問題なさそうだしね。さて、次に行こうか」
「次って、嵐山展望台? げ、ここからまた1時間以上かかるし。うっわ、めんどくさいんだけど」
「この時間ならもう少し早く着くわよ。ささっ、急いでいくよ。せめて今日で名護市の分までは終わらせたいしね」
かなりテンションの下がっている鈴蘭の背中を押してレンタカーの後部座席に座らせる。そのときにハッチバックドアの部分に無数の手形があったが、鈴蘭に悟られないように中に押し込んだ。
「ジューダス。一応障壁敷いといて」
「ああ、了解した」
鈴蘭に聞こえないようにジューダスに指示を出す。車の後ろに移動し、ハッチバックドアに指でなぞった。
「――『エオロー・ラド』――」
三叉になった"Y"のようなものと"R"に似たルーン文字を刻み、魔力を施す。励起した魔力は、一瞬にして車を包むように伝播し、害ある霊力からの防御となった。
「ありがとう、ジューダス。さあて、地獄のデスロードの始まりよ!」
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名護市と今帰仁村の境界近くにある嵐山展望台は、これといった問題がない場所だった。単に整備が行き届いていないために一見廃墟に見えること、そして過去に凄惨な事件がたまたま近くで起こったことが遠因となって心霊スポット化してしまったようである。偽物が本物になることはよくあることだが、ここは正真正銘偽物であり、瑕疵のある霊地の影響も少なそうだと結論づけた。
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その後、名護市にある勝山――別名骸骨山へ向かったが、ここも問題はなく、鬱蒼とした森林であり、地元の逸話でガイコツに見えるからそう言われていただけのようだ。心霊スポットとして昇華した要因は、戦時中に野営病院や防空壕として使用されていたために遺体の山ができ、鬼哭啾々とした様からであった。
「もう2時か。思ったより進まないな。鈴蘭は・・・・・・寝ちゃってるか」
数時間座りっぱなしなこともあり、鈴蘭は移動の疲れで後部座席に寝転がって寝息を立てていた。丑の刻も真っ只中ということもあり、外気は冷え、風が肌を刺す。
「今日はお開きにして、明日の朝から再開しましょうか」
「肝試しなんだろう。明るくても支障はないのか?」
「平気平気。時間的要因は心理的作用だけだし。問題はあくまでも"場所"よ。こんな仕事してなんだけど、生霊も死霊も大差ないし、お化けを怖がる理由はないのよ。それをいったら、幻想騎士なんてもっとたちが悪いわ」
死した魂でありながら、未練などの残渣を触媒を通して顕現し受肉する幻想騎士は、その際たるものだろう。それを従えている夏喜本人にとって、"肝試し百峠"はやはり娯楽の範疇を出ない。
「けど、やっぱりこの子は異質ね。麗蘭の話ではノロの才能は開花していないと言っていたけど、こうも寄せ付けるとは・・・・・・」
眠っている鈴蘭だが、車の周りでは良くないものが渦を巻いていた。低俗霊だらけではあるが、ジューダスが展開している魔法障壁のおかげで被害はない。ただ、初めから鈴蘭に覆っている黒い影だけが、彼女から離れようとしなかった。
「気にするのは影だけでいいだろう。お前に対して敵意はあっても、いまのところ実害はないからな」
「いやーな時限爆弾って感じよね。ジャガーノートだけは勘弁してほしいわ」
車を取り囲む霊的存在を置き去りにし、宿泊場所を探すために寒空の山道を車のエンジン音だけが鳴り響く。
夏喜にとって最初の沖縄の空には、半分に欠けた月が不気味に笑っていた。
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