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子猫は1日18時間以上寝る

 お風呂に入れてもらったノワールは、セルフィーに抱かれてまた屋敷の中に戻ってきた。

 ここに来る間中、セルフィーは歩きながらずっとノワールの耳やら頭やら背中やらをコチョコチョと触り続けていた。

 しかも触りながら


「ノワールのシャンプーって魔法のシャンプーなのかしら? さっき迄はこれ以上のふわふわ天使はいないと思っていたのに、今はそれを遥かに上回るふわふわさですわ。あぁ、もう永遠に触っていられるわ。いえ、触っていたい! 何なのこの人を駄目にするふわふわ加減。もはやこれは試練ね。こんな苛酷な試練なんてかつて体験した事がないわ。だってのわちゅーを触ってられるなら、駄目になっていいと思ってる自分が居るんですもの……」


 などと、恍惚とした表情で延々とそんな事を呟いているのだ。


 本来なら“何この怪しい人は……”と、ノワールはドン引きしただろうが、ノワールは今それどころではない状況に陥っていた。




 ―――眠い。





 そう。まるで試験勉強の為にニ徹した後のように眠い。

 もう目を開けていることすら辛いのだが、意識が落ちようとする瞬間に、セルフィーがノワールの身体に触れてその意識を覚醒させてしまう。

 セルフィーに抱かれているから温かて心地は良い。―――だけど寝れない。

 悪意はないと分かっていても、子猫のノワールには最早拷問でしかなかった。


 やがてセルフィーは二階の廊下の奥に来ると、真っ白で大きな扉を押し開けてノワールに言った。


「ノワール。ここが私の……いえ、今後は私達の部屋ですわ」


 セルフィーに抱かれて部屋に入ったノワールは、その広くて気品溢れる部屋を目にした途端、眠気も吹っ飛びその部屋に見惚れる。


「ニー、ニーッ(部屋……ってか、私の通ってた空手道場より広いんだけど!?)」


 庭園を一望出来る大きな窓のある白を基調としたその部屋には、金糸で刺繍された大きなソファーのテーブルセットが置かれており、テーブルの上には季節に相応しく向日葵の花が飾られている。

 そしてその奥の部屋には壁が全面本棚となった書斎と、天幕付きの巨大なベッドが置かれた寝室があった。


「ニー……(すご……。部屋の中に部屋があるとか……クラスの奴ら全員呼んでお泊り会とか出来そうな位広いよ……)」


 ノワールが目を見張りながらそのリビングを見回していると、セルフィーは上機嫌にノワールに話し掛けた。


「うふふ、ここではノワールは好きに走り回っていいからね。私の物は全てノワールのものだから。あ、でもこっちは、あなた専用のお部屋なのよ」


「ニー! (えっ、私専用の部屋!?)」


 ノワールは思わず驚愕の声を上げた。

 何故なら紗夜として暮らしていた時は、一世帯のマンション暮らしだった為、自分の部屋というものを持ったことがない。

 憧れてはいたが、兄の和俊もマイルームはなかった為、当然の事として諦めていた。

 ―――それがまさか猫になって与えられるとは……。


 ノワールが期待に全身を震わせていると、セルフィーは部屋の奥の寝室のにある、更に奥へと繋がる扉をカチャリと押し開けた。

 ノワールは期待に胸を膨らませる。


 それは陽光の射し込む出窓が付いた八畳程の部屋。

 家具はなく、砂の敷かれた木箱と丸いクッション、そしてお盆に乗ったミルク皿だけが置かれていた。


「ニー! (って、やっぱ猫用かい!)」


 まぁ、期待しつつもだいたい分かっていた。

 セルフィーは簡素なその部屋を眺めながら、ほくほくと嬉しそうに言う。


「クローゼットの一つを空けたの。今はまだ何もないけど、今後はノワールの玩具やキャットタワーやハンモック、専用扉やお猫様用のミニ家具や……あ、壁に足場をつけるリフォームなんていうのもいいわね。兎に角、色々揃えていきましょうねぇ」


「ニー……(ここ……クローゼットだったの……? やっぱ金持ちは違うなぁ)」


 ノワールが感心していると、セルフィーは何処からか深紅のビロードのリボンで作られたシュシュをスッとノワールの首に嵌めた。


「取り敢えずノワール、今はこれだけ付けさせてね」


 そのシュシュの中央には、クオーツ家の家紋である鷹を象った紋章の刻まれた金色のチャームが付いている。


「これは家族の証なの。苦しくないかしら?」


「ニー(苦しくは無いケド……)」


 所謂“首輪”だ。

 紗夜がとしての記憶を持つノワールにとって、それは受け入れ難く、一瞬それを外そうと首を捻ったり手を引っ掛けたりしてみる。―――だがそれもすぐに諦め、ノワールはセルフィーを見上げた。


「……ニー! (……分かったわ。今の所セルフィーは“悪”じゃないみたいだし、お世話になる事にするわ。これはまぁ……チョーカーとでも思うことにするわ)」


「まぁ、気に入ってくださったの? 良かった。とっても似合ってるわ」


 その嬉しそうな笑顔に、ノワールは思わずドキリとしてしまう。


「ニーッ(あ、貴女が悪い事しだしたらすぐに出ていくんだからねっ、それまでだからねっ!)」


 ノワールはまるで自分に言い訳でもるかのようにそう言って、セルフィーの家族となる事を受け入れたのだった。


「さぁ、それでは今度はちゃんとお猫様用のミルクを用意しましたの。お腹も減ってるでしょうから召し上がれ」


 そう言うとセルフィーはノワールをミルク皿の前に優しく降ろした。

 ノワールはミルクを前に、ふと耐え難い空腹を思い出す。

 促されるままにちょこちょことミルク皿に歩み寄ると、先程の経験を活かして鼻は浸からないよう気を付けて、ミルク皿に顎を乗せる。

 そして行儀が悪いとは思いつつ、平たく長い舌でミルクをすくい上げ飲んだ。


 ―――美味しい。


 牛乳より味は薄いけれど、ほんのりと甘くて身体に優しく染み込んでくるのが分かる。


「まぁ、とても上手に飲めるようになっているのね! 凄いわノワール!」


 そんなセルフィーの声を聞きながら、ノワールはふともう一つの本能的欲求を思い出した。



 ―――眠い。




「……ノワール?」


 セルフィーがノワールを呼ぶが、もう限界だった。


 訳のわからないまま猫になったノワール。

 不安に思いながらも大切にしてくれる人達を見つけ、安全な家と家族と新しい名前、そしてご飯を手に入れた。

 心身ともに疲れ切っていたノワールは、とうとう安心の中で穏やかな眠りに落ちていったのだった。


「え、嘘でしょ……ミルク飲みながら寝てる!? お腹が空きすぎていたの!? それとも眠すぎるの!? ミルク皿の縁を枕にして舌をだしたまま寝てるわっ!! にょわにょわ(ノワール)可愛ちゅぎるんでしゅけどっ! ちょっとクロエっ! これを見て!! 画伯を呼ぶべきかしら!? はぅーん、ミルク皿の縁になりたいぃ!!!」


 セルフィーが悶絶しながら大騒ぎをしているが、ノワールはもう気付く事なくこんこんと眠り続けたのだった。




 ◇◇◇




 ―――コンコンコン……。


 あれからどれくらいの時間が経ったのか、響くノック音でノワールはハッと目を醒ました。


 辺りを見渡せば、どうやらあの広い向日葵の花が飾られた部屋にいる。

 そこでノワールは、ソファーに腰掛けるセルフィーの膝の上でスカートに埋もれていた。


 ノワールがもぞもぞと身を起こすと、セルフィーが少し不満げな声で扉に向かって尋ねる。


「ノワールが起きてしまったわ。一体何の用かしら?」


 扉が開き、入ってきたサザレが一礼して言った。


「お忙しい所失礼いたします。サファイア伯爵邸モリア夫人よりの使いで、ルナソル様がお見えになっております」


 ノワールの耳がピクンと跳ね上がりサザレを見る。



 ―――ルナソル。



 その者こそ、このゲームの主人公だったのだから。

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