猫が何故ごろごろ言うのは、実は未だに未解明。でも多分ご機嫌だから
目に留めていただいた上、ブクマや評価を入れて下さりありがとうございます!
紗夜が沸々と怒りを滾らせる中、一方で次期国王候補のあまりに幼稚なその嫌がらせに、ガンフィールが苦笑しながら否定する。
「いやいや、仮にもいずれ身内になる人すよ? そんな貶める必要ないっしょ」
だがクロエは吐き捨てるように返した。
「器が小さいのよ。あの方は、自分より優れた能力を持つ人が許せないの。知ってる? あの方がこの屋敷を訪れる時、必ずMr.サザレに難癖を付けて帰ってるの」
「……え、もしかして皇子様が来た時、サザレ執事長がメッチャクチャ不機嫌になってるのってそのせいすか!? さっき粉ミルク渡した時も、言葉遣いだの態度だの、いつもの5割増で文句言われたんすけど!?」
「言葉遣いは本当に直しなさいよ? だけどまぁ、関係ない筈がないわね。―――皇子は“従順な従僕”や“お馬鹿な女”がお好きなの。よく城下町へ学友とナンパに行っては“君を僕の妾にしてあげる”なんてほざき回ってるらしいわ。ホント男って最低よね! お嬢様がお可哀相っ!」
傍で見ていて恐ろしい程にクロエは怒りながらも、紗夜を洗い流す手付きだけは優しい。
紗夜はふと思い出す。
(……あれ? 作中では“平民にも優しい皇子”って設定だったけど……優しいって、まさかそういう?)
紗夜がそんな事を考えている間、ガンフィールはうんざりとした顔でクロエに抗議の声を上げていた。
「うわぁ。先輩、今“男”で一括にしたっすね? 一応言っときますが、俺そんなことしないっすからね? とばっちり感が超半端ねぇ……」
「ならあなたは誠意をもってお嬢様にお仕えすることね」
紗夜についた泡を洗い綺麗に流し終わったクロエが、紗夜を不満げなガンフィールに渡す。
ガンフィールはムスッとした顔をしつつも、濡れた紗夜の身体を柔らかいタオルで包み込むように受け取ると、タッピングをする様にトントンと軽く叩きながら、滴る水を拭いていった。
その優しい振動の心地良さに、紗夜は思わず目を細める。
体をリラックスさせ力を抜くと、喉の奥の気管が押し潰され、息をする毎に妙な振動音が漏れ出た。
「ごろごろごろごろ……」
その音を聞いたガンフィールの手付きが、より優しくなった。
「おお、これが気持ちいいのか」
「ニー、ごろごろごろ……(たまらんゎぁ……)」
「不思議ね。猫ってどうして喉を鳴らすのかしら?」
「さぁ? おーい、猫助、なんで喉鳴らすんだ?」
「ごろごろ……ニー(知らない。勝手に出てるの。後、猫じゃないっつーの)」
「えーと“内緒”らしいっす」
「間違いなく言ってないわよ」
「ニァー!(おしゃべりも良いけど手も動かしてくださいな。自分じゃ拭けないんだからぁ!)」
「あ、今のは分かったす。“喋ってないでさっさと拭け”って言ったっすね」
「ニー! ニー、ニー!(えっ、うそ、伝わった!? そうよ! 私は人間よっ! 私の話を聞いてっ)」
必死に訴える紗夜だったが、その行動の全てが“ただの猫”以外の何者でもない事に、紗夜本人だけが気付いていなかった。
ガンフィールがニーニーと鳴く紗夜を拭きながら、またクロエに尋ね掛ける。
「で、お嬢様は何で皇子様と婚約したままなんすか? そんなんで旦那様が見過ごされてるのも理解し難いし。……それとも庶民には分からぬ事情があるんすかねぇ?」
「お嬢様のご意思よ。―――誰しも人である限り完璧な者など存在しない。アンバー殿下が皇帝として立つに至らぬ点があるのなら、自分が力を付け埋めてあげるべきで、自身の多岐に渡る才能はその為の物。だから驕ることなく自身に磨きをかけ、いつか善き妻として、良き家臣として、クオーツ家の誇りと共にいずれこのジェム皇国を担ってゆくと、お嬢様は仰ったわ。そして旦那様は、お嬢様のご意思を尊重するとの考えを示されたの」
「へぇ、お嬢様カッケー」
「ニー(お嬢様カッケー)」
ガンフィールと紗夜が同時に感嘆の声を上げたその時だった。
「お猫様はここかしら?」
「お、お嬢様!? お早いお戻りですね、アンバー殿下のお見送りに往かれた筈では!?」
庭木の影からヒョコリと顔を出したセルフィーに、クロエが慌てふためいた声を上げた。
セルフィーは悪戯げにクスクスと笑うと、紗夜に歩み寄りながら白状した。
「何時もなら何を言われても外郭門迄御見送りするのですけれど、お猫様の様子が気になって……。“もういいと”言われた瞬間“そうですか”と引き返してきましたの。殿下は何か言いたげでしたけど、気付かないふりをして戻って来てしまいましたわ」
テヘッとでも言いそうに可愛く微笑むセルフィー。
紗夜がその美麗イラストの中でも見たことのない美しい笑顔に見惚れていると、突然クロエに頭を撫でられた。
「良い仕事をしてくれましたね、お猫様」
「ニー……(貴女にお猫様なんて言われても違和感しかないんだけど……)」
紗夜が身に覚えのない件で褒めそやされていると、今度はヒョイとセルフィーに抱きあげられる。
そして、
「それでね、先程殿下の前で勢いで言ってしまったのだけど、このお猫様を我が家に正式に御迎えしようと思いますの」
その言葉に紗夜はビクリと身体を緊張させた。
だってそれじゃ、はまさに“ストーリー通り”なってしまう。
「お名前も考えたのです。“ノワール”なんてどうかしら?」
「ノワールって何っすか?」
「“黒”という意味よ。―――コホン、よろしいかと思います。殿下に気を回すより、ノワールを撫でている方がよっぽど有意義であると私も思います」
先程まで紗夜を連れてくる事を反対していたクロエも、そう言ってセルフィーに同意を見せた。
―――“ノワール”になってはいけない。
そう思いつつ、今自分を取り囲むこの温かい空気から紗夜は……いや、ノワールは逃げ出す事が出来なかったのだった。
面白い、続きが気になる! と思ってもらえれば☆☆☆☆☆からの評価や、ブクマ頂ければ嬉しいです!