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猫はお風呂が嫌いと言われてるが、実際のところ慣れの問題である

 

 それから紗夜はクロエに抱えられ、屋敷の裏にある厩の前に連れて来られた。

 クロエは慣れた様子で仕事中のフィールを呼び出すと、事情を話し厩の側には小さな桶を湯準備させた。

 一通りの準備を終えたガンフィールは、紗夜を膝に乗せると今度は悪びれもせずクロエに指示を飛ばし始める。


「そーす。湯の温度は熱過ぎずぬる過ぎない温度す」


「何よそれ、キッチリ計ってよ。えーっと……35度?」


 不機嫌に口を尖らせながらも、桶の湯の温度を計るクロエ。


「クロエ先輩はキッチリしてるすね。尊敬するっす」


「こんな事で尊敬しないで。あなたが適当過ぎるのよ」


「サーセン。あ、コレさっきひとっ走りして買ってきた仔猫用品一式っす。粉ミルクはサザレ執事長に渡しといたす。それでこのボトルが猫用リンスインシャンプーすね」


 そう言ってガンフィールが箱から取り出したボトルを、クロエは受け取り猫の絵が描かれたラベルを読んでいく。


「えーと、キャップ一杯をお湯に溶かせばいいのね」


「そっす」


 クロエが手早くボトルの液体を桶の湯に垂らし入れて軽く泡立てると、ガンフィールは膝の上の紗夜を持ち上げて、ゆっくりと湯に着水させた。


「ニー(泡ぶろみたいね)」


 桶の湯は四つん這いの紗夜のお腹が少し浸かるくらいの深さ。小さな泡の浮かぶほんのりと温かいその湯に、紗夜は慣れ親しんだ風呂に浸かるように腰を下ろして座ると、フーと息を吐いて目を閉じた。

 そんな紗夜にクロエは桶の湯を慎重に掛けながら、まるでマッサージをするような程よい指圧で洗い始める。


「クロエ先輩。猫を洗うのは首から下すよ。顔は後で布巾で拭けばいいすから。それより耳や目にソープが入らないようにする方が重要すね。元々猫は自分で毛づくろいして身体をキレイにするんで、風呂を嫌がる奴が多くて……」


 そこまで説明したガンフィールの言葉がふと止まる。

 代わりにクロエがその言葉を引き継いだ。


「―――この子、全然嫌がってないわね。寧ろ今にも寝そうなほどリラックスしてるわ」


「大物っすね」


 ガンフィールも感心したように頷く。

 それからも紗夜は気持ち良いの指圧に身を任せ、されるがままに洗われていた。


 始めの頃はクロエの洗い方を指摘していたガンフィールだったが、それも慣れてくると、ふと思い出した様にクロエに疑問を投げ掛けた。


「……しかし、先輩。あの皇子様、俺が思ってたのとなんか違ったすね。なんつーかすげえ上から目線っての? 皇族様だから仕方ないんすかね? お嬢様への贈り物を持ってきたとかゆってましたけど、なんか押し付けがましいわ、アポなしだわ、好意というか寧ろ悪意を感じるんすけど……?」


 途端、クロエの眉間に深いシワが寄る。

 そして昼食時で付近に誰もいない事を知っているクロエは、声を潜めつつも嫌悪を顕に言い放った。


「ふん。わざとに決まってるでしょ。今回だって殿下は今日お嬢様が商会の総会に出席することを知っていた筈よ」


 思わずガンフィールが驚愕の声を漏らす。


「え?」


 紗夜も驚きを隠せず、シャンプーを洗い流し始めたクロエを見上げた。

 アンバー皇子は仮にも作中最高の皇子様なのだ。

 先程猫としては随分酷い目に遭わされたとは思うが、紗夜はアンバーを責めきれないでいた。

 紗夜の同級生にも調子に乗る男子はいたし、アンバーも今回たまたま調子に乗っていて、少し考え無しになってたのかも? などとも思えなくもない。


(一回嫌なことがあったからって、それで恨むのは間違ってる。今回たまたま機嫌が悪かっただけなのかもしれないし……)


 だけどアンバーを何とかフォローしようとするそんな紗夜を他所に、クロエはまるで親の仇でもあるかのように憎々しげに顔を歪め、舌打ち混じりに話し始めた。


「あいつ……お嬢様の留守を狙ってやって来ては“せっかく来たのにお前はいつも留守だな。俺を避けているのか?”なんて言って謝罪させたり、くだらないマウントを取ろうとしてくるのよ」


「げ、マジすか。今からDV臭ぷんぷんしてるじゃないすか」


「今日はたまたま出席を取りやめていたから迎え撃てたけど、もしあのまま総会に参加していたら帰宅は夜。どうせ“未婚で未成年の女が夜まで家を開けるなんて……”とかなんとか言いふらすつもりだったんでしょうよ」


 クロエの話に紗夜はハッと思い出す。


(……そう言えばあの皇子、セルフィーとの出会い頭にこう呟いてたっけ。“本当に居たのか”って)


 紗夜だけが聞き取れたその一言は、クロエの言葉を裏付ける呟き。 

 それに気付いた瞬間、紗夜の中で何とか抑えてきた皇子への嫌悪感が爆発した。



(クズかよ。あの……性悪皇子め……っ!)


 

 最早欠片のフォローもしようという気は起きない。

 それが、紗夜がアンバーをハッキリと“敵”として認識した瞬間であった。

 

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