猫は迷惑な事をされると、好きな人でも容赦なく噛む
威嚇する紗夜をアンバーは気にも止めず、紗夜の目の前でピンピンと指を弾きながら可笑しそうに笑う。
「お? やんのか? チビのくせにいっちょ前に威嚇しやがって。ははは、デコピンしてやろうか、ホレホレ〜」
アンバーからしてみれば、ちょっとした遊び……。しかし小さな紗夜からしてみればその指はじきは、まるでボクサーからの鋭いジャブを打ち込まれているようなものだ。
「シャアァァッ、フッ、カァ! (ちょっ、やめて……やめてよっ!)」
目に当たろうものなら、下手すれば失明。
心無い悪巫山戯に、紗夜がなすすべもなく目を閉じ後退ったその時、セルフィーの声が響いた。
凛とした、上に立つ者の威厳溢れる声。
「おやめください、アンバー殿下」
「あん?」
アンバーが手を止めセルフィーを睨む。
だがセルフィーは怯むことなく言い放つ。
「畏れながらその子は、我が邸宅で世話をする事にした猫です。我が邸宅の私物であるとはつまり、我が家の財産ということ。どうか傷つけることのないよう扱っていただきたい」
しゃがみ込んで紗夜を弄っていたアンバーは、不機嫌にザッと立ち上がり、威圧的にセルフィーに立ちはだかる。
「はぁ? 何を言ってるんだ? 少し構ってやってただけだろう。それに先に牙を剥いてきたのはその猫だぞ? なぜ俺が非難されねばならん」
「そこはこの子に変わって所有者である私が謝罪いたします。どうかこの通り」
セルフィーはスカートの裾を持って深々とアンバーに頭を下げた。
セルフィーは頭を下げながらアンバーに静かな口調で言う。
「どうか、物を知らぬ子猫の戯れと寛大な処置を頂ければ幸いにございます」
直訳すれば狭量な行動は控えろと言う事だ。
アンバーはあからさまに顔をしかめると踵を返した。
「……ふん、興が削がれた。折角贈り物を持ってきてやったというのに気分が悪い。帰る」
「お見送り致します」
そう言って去っていく二人がロビーのエントランスからその姿を消すまで、紗夜はぽかんとその二人の後ろ姿を見送っていた。
信じていた者に裏切られ、敵だと思っていた者に救われた。……そんな気分だ。
紗夜が呆然と立ち尽くしていると、紗夜の身体は突然何者かの大きな手に掬い上げられた。
「二!? (わ、なに!?)」
みるみる上空へと昇っていく恐怖に紗夜が身をこわばらせていると、突然目の前に、微笑みの欠片もないメイド、クロエの顔がドアップで現れた。
クロエは両手でしっかりと紗夜を掴んだまま、クンクンと紗夜の匂いを嗅ぐ。
「ニー(ちょっと、匂い嗅ぐとかホントやめて?)」
「ふむ。雑巾ほどでは無いにしろ少し臭いますね。ノミもあるかもしれないので、お嬢様が戻られるまでに一度お風呂に入りましょうか」
「ニー(聞けよ)」
紗夜は無意味と知りつつ返事を返しながら、力なくクロエを見上げた。
もう、自分がどうすればいいのかわからず、何かに縋りたかったのかもしれない。
とは言え、クロエは紗夜を追い出したがっているから味方でもないのだろうけど。
紗夜が不安に満ちた目でクロエをじっと見つめていると、クロエはふいっと紗夜から視線を逸して呟いた。
「……まったく。本当に子猫とは、すぐにそうやって庇護欲を掻き立てさせ落とそうとする……。もしや、分かってやってます?」
「ニー……(何を言ってるの?)」
「やはりわざとですか。何とあざとい……。―――心配せずともお風呂への入れ方はガンフィールに聞きながら洗ってやりますよ」
「ニィ(欠片も通じない……もう嫌)」
紗夜は投げやりになりつつ、諦めてなるようになれと自分の身体をクロエの手に委ねた。
少しでも力を入れられれば締め殺されてしまいそうなほど大きな手。
だけど無防備に身を任せる紗夜を抱くクロエの手は、まるで壊れやすい宝物でも扱うかの様にとても優しかった。
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