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猫は男性より女性に懐きやすい

 それから暫く眠りに落ちていた紗夜は、ふと聞き慣れないノックオン出目を覚ました。


 ―――コン、コン、コン……


「失礼致しますお嬢様。来客がお見えです」


 そう言って入って来たのはカッチリと燕尾服に身を包んだ、クオーツ家に勤めて50年になる大ベテラン執事のサザレだった。

 セルフィーは少し眉を寄せ言い淀んだ。


「来客……予定はなかったはずだけど誰かしら。今取り込んでいるのだけれど?」


「アンバー殿下にございます。お嬢様に贈り物をお持ちになったそうで。確かに本日訪問の予定はありませんでしたし、殿下といえどお引き取りいただくことも可能でございますが」


 淡々と語るサザレだが、その言葉の端々には棘を感じる。「サザレGo!」と言われれば、今にもアンバーを追い出しに駆けて行きそうだ。

 だがその会話に紗夜は飛びついた。

 サザレの足下に駆け寄り懸命にアピールする。


「ニー! ニー、ニーッ、ニーッ!(アンバー!? それメイン攻略キャラだわ! 私をそこに連れて行って! お願いっ)」


 セルフィーよりアンバーに保護してもらう方が安全だと踏んでの行動だった。

 セルフィーはそんな紗夜にくすりと微笑むと、サザレに答えた。


「サザレったらもう気に入られたみたいね。アンバー殿下にはすぐ行くとお伝えして貰える?」


「はい、お嬢様」


 サザレはまた一礼すると、部屋を出ていった。

 そしてセルフィーも紗夜を抱えあげ、クロエに指示を出す。


「あまり長らくはお待たせできないわね。クロエ、薄絹の白いストールを持ってきて」


「はい、お嬢様……」


 クロエはすぐに頷いたが、その表情は何故かセルフィーが紗夜を拾ってきた時以上に曇っていた。




 ◇◇◇



 それから紗夜は、ここで寝ているようにと少し深めの籠の中に入れられてしまった。

 しかし幸いにも蓋をされる事はなく、セルフィーとクロエが去った後に紗夜はよじよじと籠を登り抜け出し、二人の後を追って廊下に走っていった。


 小さい体はとても不便だ。

 セルフィーの一歩が紗夜にとってはおよそ十歩。

 少しでも立ち止まって休もうものなら、あっという間にその距離は引き離されてしまう。

 だが良いこともあった。

 それは聴覚。始めは水の中で泡の音を聴いているような妙な感覚だったが、慣れてくるとそれらの音を正確に聞き分けられ、以前よりもっと遠くの音が聞こえていることに気付いたのだ。


(セルフィー達は……下ね!)


 紗夜は吹き抜けになっているロビーの階段にやってきた。

 大きなステンドグラスがはめ込まれた窓から、明るい光が差し込む明るく開放的なロビー。


 階段の下を見下ろすと、広いロビーに設けられた白いテーブルセットのソファーの一つに、キラキラと輝くハニーブロンドの髪をした男が、向こうを向いて足を組み座っていた。


(あれが……第一皇子アンバーね)


 紗夜が見守る中、クロエを後ろに控えさせたセルフィーが、男の背後からスカートをふわりと持ち上げて優雅に挨拶する。


「お待たせいたしました、アンバー殿下。ここにセルフィナイトが参りましたわ」


 アンバーは動かない。

 紗夜は首を傾げた。

 何故ならこの段階ではアンバーとセルフィナイトは相思相愛だった筈なのだから。


 今日だってアンバーが、セルフィナイトの為にサプライズのプレゼントを持ってきた訳で……。


 だけど次の瞬間、紗夜の耳に届いた小さな音は耳を疑うほどに忌々しそうな響きを持っていた。


「ちっ、本当に居たのか……」


(な、何? 今の声……?)


 紗夜は思わずたじろぎ、階段の手すりに身を潜めた。

 小さな声だった為か、セルフィーやクロエは素知らぬ顔をしている。

 紗夜が様子を覗っていると、直ぐにアンバーはくるりと振り向き、今度こそセルフィーを見た。

 その輝く笑顔は、ついぞゲームの中で見たメインヒーローを張るに十分な容姿をしていた。


「やぁ、僕のセルフィー。君に似合いそうなブローチを見つけてね。君に渡したくて、ついこの邸宅に足を向けてしまったよ。突然に来てしまって迷惑だったかい?」


「ムー……(ゲームの中だからスルーしてたけど、まじでこれ口にしたらサブイボだな……)」


 アンバーのセリフに別の意味で警戒を始める紗夜。

 しかしセルフィーは慣れているのか笑顔で即答した。


「迷惑な筈がございません。まぁ、それはそれはありがとうございます。私も陛下にお会い出来て、とても嬉しく思いますわ」


「そうだろうとも。僕は君の婚約者(フィアンセ)だからね」


 と、そこで紗夜はふと本来の自分の目的を思い出した。

 そう。今はアンバーの歯の浮くようなセリフにドン引いてる場合じゃない。 

 この極悪令嬢の下を逃げ出し、黒い悪魔ノワールの誕生を阻止しなくてはならないのだ。


 階段の段差が自分の身長以上あったが、今はそこに怖気づいてる場合じゃない。

 紗夜は転げ落ちる様に階段へと飛び出した。

 こてんこてんと転びながらと紗夜は必死でアンバーに訴えかける。


「ニー、ニー、ニー! (アンバー様っ! ちょっと私が黒い悪魔とか呼ばれる前に保護してよっ! 今ならまだ間に合うわ!)」


「まぁ、お猫様! 出てきてしまったの!? 危ないわ! クロエ、お猫様をお迎えに行ってあげて!」


「……はい」


 クロエはとても面倒臭そうにしながらも、直ぐ様紗夜の回収に向かった。

 秒でクロエに回収された紗夜だが、その腕の中でも猛アピールは止めない。

 そして自分に向かって懸命に鳴き声を上げる紗夜に、アンバーは訝しげに眉を寄せて見ながら言った。


「ん? なんだこのしょぼい雑種猫は」


 その明らかに自分を見下した一言に、一瞬紗夜のアピールが止む。

 だってゲームの中でのアンバーは優しかった。

 平民の子にも差別することなく接していた筈……。


「ニーニー(しょ、しょぼい? た、確かに血統書付きとかはないかもしれないけど……ってか私だって好きでこんな姿になった訳じゃ……)」


 困惑する紗夜にアンバーは口元をくっと歪めると、立ち上がって紗夜に近付く。

 そしてクロエの腕の中に収まっていた紗夜の首筋を、ひょいとつまみ上げた。


「セルフィー。これまでの面白いほどお前には動物が寄り付かなかっただろ。そんなお前の家になぜ猫なんかいるのだ?」 


 そう言って紗夜を覗き込むアンバー。

 首筋をつままれ宙吊りにされた紗夜は、何故か手足が小さく萎縮し、身体を動かせないという不思議な感覚に襲われた。


「ニ、ニィ……(か、身体がに力が入らない……声も……何で?)」


 途端、今までたおやかだったセルフィーが声を張り上げた。


「あっ、アンバー様! そんな吊り下げるような持ち方は酷すぎますわっ! まだその子は子猫なのですからっ」


「ん? はは、なんだセルフィー知らないのか。親猫は子供を咥えて運ぶ。だから子猫はここを持つのが正解なんだぞ?」


 セルフィーを小馬鹿にしたようにそう言ったアンバー。

 紗夜は身動き出来ない状態でぶら下げられながら、小さなその身にふつふつと怒りを滾らせはじめた。


「ニィー……(はぁ? 何言ってんだこいつ。何が正解だって? あ? お前がいつから私のお母さんになったよ。百歩譲って母猫が子猫を守るためにぶら下げられやすいような身体をしていたとしても……しても!! 助ける気もなく無意味に人様をぶら下げてんじゃないわよっ)」


 ……とは、当然通じるはずもなく。猫に触れたことなど初めてのセルフィーはおどおどと口籠る。


「そ、そうなのですか……? しかし……」


 だがその時だった。突然、アンバーが顔をしかめ、紗夜を放り投げたのだ。


「ってか何だこいつ! 牛乳を拭いた雑巾のような匂いがするぞ!」


「ニュッ(痛っ!) フー……カアァッ!(何すんのよっ! 最っ低!)」


 ラグが敷かれていたとはいえ、体感的にはビルの六階程の高さから突然投げられた紗夜。

 子猫の体重のおかげか予想していた程の衝撃はなかったものの、流石にそんな人を人とも思わぬ鬼畜な対応をされれば、紗夜とて怒り心頭に威嚇の声を上げたのだった。








(ΦωΦ)せるせるのお猫様日記(ΦωΦ)


 ○年7月23日


 今日はアンバー殿下が私を訪ねてきてくださいました。

 アンバー殿下は少し乱暴でしたが私なんかより動物の扱いに慣れているご様子。でもお猫様は殿下に向かって威嚇の声を上げました。

 その威嚇の鳴き声のいうのが全然怖くなさすぎてもう……あんな可愛らしく威嚇されても、ただのご褒美でしかないのですけど!?(理性崩壊)


 後から聞いた話ですが、どうやらお猫様は男性の低い声を威嚇声と勘違いしてしまうらしいです。

 私、この時ほど女に生まれた事を感謝したことはございませんっ!(歓喜)




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[一言] 主人公が可哀想。 王子は、屑だ。可愛い猫様を粗雑に扱うなんて許さん!!
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