第七話 龍と過ごす転生記
山の中は静かで鳥や虫の声は一切聞こえず、ただ木や風が風によって揺れる音しか聞こえない。
都会暮らしのユウトにとっては少し恐怖を覚えるくらいだ。
だがそんな恐怖は、
「いやー、久しぶりに少し暴れて楽しかったぞ」
目の前ではしゃいでいる陽気な少女によって吹き消える。
後ろを振り向くと、兵達は巨大な門の前で止まりそれ以上追ってくる様子はない。
「とりあえず、安心だな」
こういうことを言うと大抵何かが起こる。
ユウトはフラグで無いことを祈りながら、木に背中を預けてその場にへたり込む。
考えてみれば朝食以降、何も食べていない。
突然座り込んだユウトを見てハクアは何事かと思ったが、腹を鳴らしたため原因を察した。
「なんだ、腹が空いたのか」
「軽々しく言うなよ、結構辛いんだぜ? お前は山に住んでる間、何食ってたんだ?」
「私は龍だからな! 何も食べなくても生きていける!」
「そうなの!?」
もう常識外れのことばかり口にする彼女の言葉はあまり真に受けないようにしよう。
ともあれ、
「いろいろ助かったよ。アイツらは龍のこと『悪い奴だ』とか言ってたけど、俺はそう思わない。お前はいい奴だな。皆に伝えたいよ」
「――――」
「ちょっと! なんで黙るの!? なんか恥ずかしいんだけど!」
目を見開いて動かない彼女を見て自分の言葉に恥ずかしさを覚え、慌てる。
「いや、私を龍と見たうえでいい奴って――お前は本当に不思議な人間だ」
岩に腰をかけてハクアは微笑む。
風により白髪がたなびいているその姿は絵に描いたように美しい。
「これからどうするんだ?」
その質問にユウトはハッとする。
異世界に転生し、帰る場所が無ければ行く宛も無い。
「マジでどうしよう。『衣食住を確保する』のは異世界生活において最も重要なことだろ……!」
考えていなかった自分の愚かしさを恨む。
「ま! 考えるのは生きている限り後でも出来るから置いておけばいいだろう!」
「このままじゃ終わりは近い気がするんだけども!?」
衣食住を確保せずとも生きていける龍の価値観は理解できない。
「そういえば単純な疑問。お前のその服、どうやって手に入れた?」
ずっとこの大自然に住んでいて『食』は必要としなくても『衣』を確保していることを不思議に思う。
決して変な意味ではない。
「まさか盗んだんじゃないだろうな」
「何を言っている! これは母様の髪から編んでもらった物だ。汚れないし、破れても再生する代物。すごいだろう!」
やはり龍の常識はよく分からない。
しかしそんな龍にどれだけ助けられたことか。
「なぁお前さ、やりたいこととかある?」
突然の質問にハクアは困惑。
「やりたい……こと?」
「何百年もこの山にいたんだろ? やりたいことの一つや二つくらいあってもおかしくない。俺に出来ることなら何でもするぜ?」
とは言ったものの、ハクアはあまり思いつかないらしく、「うーん」と唸る。
そして、
「何故そんなことを聞く?」
悩んでも答えはでないらしく問い返しきた。
「これからどうするって質問の答えだよ。ハクアの願いを叶えることを俺の生きる目的にする。言っとくが、くさい告白とかじゃないぞ」
生きるためには勿論『衣食住』は必要だ。
しかしそれだけではない。
生きてるうえで人は何か目的を持っている。
だが異世界に来た今、ユウトにはそれがない。
だから、これから作る。
「無茶なことでもいいのか?」
「俺に出来る事だったらな」
ハクアは暫く間を置き、余程のことなのかゆっくりと重たそうに口を開く。
「私は――兄弟達に会いたい」
「思ったより重い願い! でも分かった。オーケー! 了解した!」
そう言うとハクアは驚いたように上半身をグッと近づけて、
「本当か!?」
と聞き返す。
「あぁ、勿論。因みに兄弟って何人?」
そこでユウトは初めてハクアに会った時に聞いた言葉を思い出す。
『この世における七龍が一匹』
彼女は龍。
兄弟がいるというなら、きっとその兄弟も龍。
ユウトの中で一つの可能性が浮かび上がる。
ハクアは自身の胸に手を当て、誇るように答える。
「聞いて驚くな、この世の『七龍』は全員兄弟だ!」
「やっぱり!?」
いい反応を貰ったハクアは満足げにニヤついていた。
――――ハクアと兄弟を会わせる。
――――ここから始まったのだ。
龍と過ごす転生記が。