第六話 その名は
意識は明るい光の中。
浮いているのか沈んでいるのか分からないこの場所で、ユウトは直前のことを思い出す。
逃げ出したいという気持ちを持ちながらも、体が勝手に刀を振り下ろすケイコウの前に立ち塞がった。
――そこから先の記憶がない。
「もしかして死んだのか?」
逃げようと目論んだ挙句の果て、結局助けようとした少女は守れず自分は犬死にする。
「なんだよ! クズみてぇじゃねぇか、俺! ちくしょう!」
悔しさを吐き出しても腹から煮えたぎる尽きない憎悪。
もし、ここに体があるのなら彼は自分の顔に爪をたてて傷つけていただろう。
だが今はそのための手がない、顔がない。
ユウトが受けるべき罰は、
「ただ、独りでいろ……ってか」
ここには何もない。
『無』だ。
少女を見捨てようとした自分にはお似合いだと表面上は思いつつ、本心は嫌だと拒む自分がいる。
独りは嫌だ。
この何もできない体で、永遠の時間を過ごすなど考えただけでも恐ろしい。
独りは嫌だ。
この誰もいないところで考えられることは、かつて一人で過ごした寂寥の日々。
「独りは嫌だなぁ……」
すべてを投げ出し、すべてを諦めたようにポツリと呟く。
『生きることを諦めるお方は死人と同じです。私は死人は受け入れられませんので、そこら辺もう少し頑張ってください』
聞こえたその声は心が温まるような母性溢れる女性の声。
「誰だ!? どこから!?」
自分以外の声が聞こえて喜ぶも、消えてしまわないように必死で縋りつく。
『焦らずとも消えたりはしませんから』
その一言に安堵する。そして声は続ける。
『私のことはひとまず置いといて、まずは貴方です。まだ死んでいませんよ?』
「! 確かにアイツは刀を振り下ろしたんだ。それでどうやって生きているんだ?」
『自分が死んだ所を見たんですか?』
「……そんなの見てねぇよ」
『あの世界の時間は私達の力で止めています。よって貴方はまだ無事。今は魂だけを抜き出し、別の世界に呼び出している。ここまではよろしいですか?』
あまりにも常識外れのことを言っているが、それが本当なら筋は通る。
「嘘だったら二度と立ち上がれないぞ。体も心も」
『安心してください。嘘ではなく本当です』
声はだんだん遠ざかるように小さくなっていく。
『貴方は一人では何も出来ない。周りの人に頼ってくださいね。助け合う、協力し合うのは生きる上で大切なことですから』
そう言い残し、声は消えた。
代わりに溶けるような灼熱を味わう。
死ぬほど――というわけではないが少し辛い。
やがて周囲は暗くなり始め――――、
▼▼▼
耳を塞ぎたくなるような激しい金属音が鳴り響く。
目の前で起きたありえない出来事にケイコウは狼狽える。
「馬鹿な。人間が刀……いや、剣に?」
龍を庇い飛び出してきた少年がいたはずの場所に、突如現れた剣の柄頭によってケイコウのたちが受け止められた。
燃え盛る業火のような色合い、金色に輝く刃。
見る者を魅了する美しいその剣は周りを明るく照らしている。
まるで太陽のように。
「これは日神剣……か? 破壊されたはずじゃあ――」
言いながら柄を握り、地面に刺さっていた剣を抜こうとする。
「! なんだ? この力は」
――抜けない。
深く刺さっているわけでもない。
しかし剣はピクリとも動かず、何事も無かったように立っている。
自分の力でも抜けない剣にケイコウは動揺していると――、
「余所見をするなぁ!!」
「ごぼぉ!」
ケイコウの腹に強力なストレートがもろに入り、その場で悶絶する。
立場が逆転するが、大きく隙を見せるケイコウをハクアは見向きもしない。
見つめているのは剣だけ。
「お前、ユウトか?」
何も根拠ない。
只々、あの少年から感じた懐かしい気配がこの剣からも感じるのだ。
そして何気なく柄に手を伸ばし、剣を引っこ抜いた。
「触るな!」
ケイコウがハクアの命を狩りに細い首を狙う。
それを彼女は刀の側面を殴り弾く。
「馬鹿な……! 手加減していたというのか!?」
「そんなことはせん。ただ何故か力が戻ってきてな」
ハクアは自分でも信じられないらしく、手を開閉し確かめる。
ケイコウは信じ難さからなのか、それとも悔しさによる怒りなのか、はたまた恐怖なのか、身をガタガタと震わせる。
己の心情を把握できず、乱暴に思考を放棄。
豪快に刀を振る。
それに対し、ハクアは軽い一振り。
光が走った。
気づけばケイコウの姿は消え、代わりにユウトが立っている。
「おー! やはりユウトだったか」
「痛ぇ、なんか頭がガンガンする」
そんな二人のやり取りはさて置き、遠くから笛が鳴る。
「ケイコウ様がやられた! 至急手当てに回り、残った者はアヤツらを捕らえよ!」
青年の声が聞こえ、直後黒服を着た集団がユウトとハクアの二人目掛けて走ってきた。
「ユウト。アイツらを殲滅するくらい容易いが、これ以上この国と喧嘩するわけにはいかん。逃げるぞ」
そう言い、手を引いてユウトのスピードを考えずに猛烈な勢いでずらかった。