第五話 龍と虎
ケイコウはジリジリと距離を詰めながら、
「おい『白龍』、お互いに干渉しないって約束はどうした?」
「はぅ! 忘れ……いや、龍がそんな口約束を守るとでも思ったか!」
ケイコウの言葉に一瞬動揺するもすぐに開き直った。
「お前、忘れてたって言おうとしたろ」
ハクアの言葉をユウトは聞き逃そうとせず、横槍をいれる。
「知らん」
即答。
そんなことはさて置き、ケイコウの目つきは更に険しくなる。
「そうだな、所詮は口約束。逆に今まで守ってきた方がおかしいか」
どうやら悪い部分だけ聞き取ってしまったらしい。
ケイコウは刀の切っ先をハクアに向けてる。
「八猛虎が一人、ケイコウ・クマデ。参る」
刀を構え、地面を踏み込む。
巨体とは似合わぬ速度で一気に距離を詰め、刀を振り降ろす。
直後、ユウトは激しい風によって吹き飛んだ。
何が起こったのか分からない。
ハクアの方に視線を向けると、刀身を露わにした太刀がハクアの両手に挟まれて静止していた。
いわゆる真剣白刃取りだ。
ギリギリと刃を震わせながらも、それが彼女に届くことはない。
それを見てケイコウは笑い飛ばす。
「はっ! やっぱり受け止められちまうか。『白龍』、お前の名は?」
「ハクアだ。私も本気で行くぞ!」
刀を挟んだまま身を回し、ケイコウもろとも遠くに投げる。
小柄な体格にそぐわぬ力、大柄な体格にそぐわぬスピードを見せつけられユウトは目を見開いたまま動かない。
「さすがに今宵の夜でも力では敵わんか。ならば仕方ない」
ケイコウは再び地面を踏み込み距離を詰める。
が、今度は間合いでもない所で刀を振る。
「土術『猟矢岩』」
ユウトには何と言ったか聞こえなかったが、地面が怪しく黄色に光る。
瞬間、地面から岩の棘が発生。
「魔法!?」
それは人体を貫くことは容易いだろう。
直前でハクアがユウトを抱えて跳躍したため助かったが、あそこに居たらと思うとゾッとする。
「降りるぞ」
「どうやって!?」
下は凶器と化した岩が待ち受けている。
あんな所に降りたら最低でも足に穴があくだろう。
そんなユウトの不安を無視してハクアは拳を握る。
「ハァッ!!」
彼女は地面に向けて拳を突き出す。
大地が軋む音がして、岩棘が砕けると共に大きなクレーターができる。
そこに着地。
「お前……見た目は可愛いのに、力はかわいくねぇな」
「可愛いとか照れるな。ワッハッハッハ!」
都合の良い所だけを聞いて高笑い。
「余所見してる暇あんのか?」
会話の途中でハクアの首に刃が迫る。
首を逸らせ回避するもケイコウの蹴りが胴に入り、転がる。
踏みとどまった彼女は悔しそうに、
「やはり力が出ん」
「なんだ弱音か?」
ケイコウは嘲笑う。
「違う!」
癇に障ったのかハクアは激昂し、
「ガァアアアア!!」
外見とは似合わぬ叫びをあげ、先ほどの衝撃波を打つ。
大地が抉られケイコウの元まで到達。
ケイコウは刀を振り衝撃波で衝撃波を相殺。
ハクアは一瞬で距離を詰めケイコウの横面に拳を入れる。
それを柄で受け止め、ハクアの顎を砕かんとする膝蹴り。
頭突きで膝を迎え撃ち、骨と骨がぶつかる鈍い音が響く。
額から流れる血を乱暴に拭うが、その隙を逃さず銀閃を走らせる。
太刀にも関わらず反撃の暇を与えさせない速度の連閃にハクアは押される。
一撃が致命傷になりかねない凶刃が、腕を、腹を、顔を、髪を掠める。
それに耐えかねてハクアは地面を踏み込み大地を揺るがす。
その衝撃にバランスを崩したケイコウの攻撃が止まる。
顎を狙った一撃がケイコウを打ち上げる。
大きく後ろに飛ぶも身を翻し着地。
お互いまともに喰らったらただでは済まない一撃必殺同士の者だが、今の攻撃は甘かったのかケイコウの動きに支障はない。
「オマケに無手の奴に対してデカい武器持つとか卑怯だろ」
そう愚痴るユウトに、
「何にも分かっちゃいねぇな、お前。命の取り合いに平等な勝負を持ち掛ける奴なんざどこにいる」
ケイコウの冷たい言葉にユウトは全身が凍りつくような感覚を覚える。
――戦士でもない自分が言えることはなにもない。
「潰れろ、土術『地盤鋏』」
ハクアが突如双方に展開した岩の壁に挟まれる。
「こんなもの!」
回し蹴りで壁を抉りとり、背中から鮮血をぶちまける。
センケツヲブチマケル?
バタリと倒れたハクアの後ろには刀を振り下ろしたケイコウがいた。
「終わりだ」
刀を振り上げハクアにとどめを刺そうとする。
次元の違う命の奪い合い。
ユウトが闘いに割り込む余地などどこにもない。
だから傍観していた。
力があったとしても闘いに加入する勇気などない。
早くハクアが勝ってさっさと此処から逃げたいと思っていた。
だが今、ハクアが窮地に立っている。
――次は自分が殺られる。
そう思った彼は急いでこの場から離れようと走り出した。
――はずなのに。
急いで走った。
必死で走った。
ハクアが斬られるその前に、ケイコウの前に立ち塞がるため。
力の無いものが圧倒的な強者にどうやって勝つか考える。
ケイコウが刀を振り下ろしきる最期まで、必死に考えた。