第四話 慎重に答えろ
ケイコウは本気だ。
なんなら今すぐ格子ごとユウトを斬ることなど容易いだろう。
普通はこんな頑丈そうな格子は斧などの器具を使わないと切れないだろう。
使ったとしても一撃では不可能。
だがケイコウからはそのくらいの迫力を感じる。
「偶然会ったなんて言ったら信じてくれるか?」
「あり得ないね。そもそも龍が住む山に入るなんざ、余程の馬鹿でもいねぇよ。『龍が住む場所に行ってはならない』、赤子でも知ってる常識だ」
ならお手上げだ。
何故もう少し転生先を考えてくれなかったのだろうか。
ユウトは自分の運の悪さを恨む。
するとケイコウが鞘から刀身を少し覗かせる。
鈍く光る鋼は美しいと思わせると同時に恐怖を与えてくる。
「黙り込むなよ? 俺は気が短いんだ」
考える暇を与えてくれない状況に焦りが生じ、思考が纏まらない。
こうなったら――、
「なぁ、生まれ変わりって信じるか?」
「はぁ!?」
思わぬ返答にケイコウは怒りより呆れた反応をする。
「おっと! 別にふざけてるわけじゃない」
立ち上がり、鞘から刀を抜こうとするケイコウを落ち着ける。
言い訳が思いつかないなら事実を話せばいいと思ったが、やはりぶっ飛びすぎていた。
だがケイコウは興味を示したのか座り直し、「詳しく聞かせろ」と言う。
「まず俺はこの世で命を落として――」
異世界がある、というのはさすがに信じてもらえないと思うので『転生した』といことだけを伝えた。
和風世界なので『輪廻転生』というのはあるだろう。
信じるかどうかという可能性は正直な所、不明。
しかし下手な嘘をつくよりはいい反応は貰えたと思う。
ケイコウは真剣に話を聞き、「面白い」と呟いていた。
そして話を終えると、
「なるほど、記憶は消えたが前世があったということは覚えていると……なかなか考えられた話だな。さて、最期に言い残すことは?」
立ち上がって再び刀を抜く。
――やっぱりダメだった―!!
どうやら信じてくれなかったらしい。
「ま、待ってくれ! どうしてそんなに龍を嫌うんだ!?」
ユウトは己の死が確定してもなお、最後まで長引かせようと話題を持ち込む。
あの時のような痛みを、恐怖をもう感じたくはない。
「龍ってのはなぁ、最悪の妖魔なんだよ。過去に世界を滅ぼしかけたくらいだ。……奴らは生かしておけねぇ」
最後の言葉には怒りの中にどこか悲しみがこもっていたが、ユウトはそれに気づくほどの余裕はない。
刀を構えるケイコウからなるべく距離を取ろうと部屋の隅まで下がる。
しかしそれでも死を逃れることが出来ないと判断した彼は、せめて自分が死ぬ瞬間は見ないように目を瞑る。
「――ぐはっ」
バンッと何かが弾ける音が聞こえて反射的に目を開ける。
するとケイコウの姿は消えて、代わりに少女が立っていた。
白髪のポニーテールに左右違う瞳……間違いなくハクアだ。
「ワッハッハッハッ! 捕まったと聞いたから助けに来てやったぞ!」
彼女は高笑いしながら誇らしげに腕を組んでいる。
「どこから聞いたんだ? ……でも助かった」
ユウトはハクアの情報の聞きつけが早いことに疑問を持つも、礼を言う。
「今から出してやるぞ」
そう言ってハクアは手刀で格子を切り裂く。
「別にそんな凄い芸当しなても鍵奪えばよかったんじゃねぇ!?」
牢から出ながらツッコミをいれる。
ハクアに会ってから声を荒げてばかりな気がする。
「そんな暇はない」
簡潔に一言、彼女は廊下の向こうを見る。
彼女が蹴り飛ばした扉を全身で喰らい、廊下に転がっていたケイコウが起き上がる。
そして黄色の双眸でハクアを睨めつけ、
「ここで暴れるにゃあ、狭ぇな」
そう呟いて床を踏み壊す。
床のヒビは徐々に広がっていき――次の瞬間、床が、壁が、天井が爆ぜた。
巻き起こる豪風にユウトは目が開けられない。
気がつけば上は夜空が見え、周りは建物の残骸が散らばっている。
「飛び散る破片は全て弾いたか……」
ユウトはハクアの手に目を向ける。
ハクアの手には木片が刺さり、血を流していた。
「大丈夫か!?」
「問題ない」
ハクアは手に刺さっているそれを抜きながら、笑みを浮かべている。
――日長ノ国にて龍と虎の戦いが始まる。