第三話 厳つい虎
民衆は看板を見て口々に、
「今回はアマサワがやってくれたか」
「いいぞ、その調子だ」
「キャー! セイシロウ様ぁ!」
「シノノメは何やってんだ」
「クマデ様もこれほど強かったらなぁ」
「無礼だぞ! 聞こえたらどうする」
ある人は感心、ある人は期待、ある人は歓喜、ある人は落胆、ある人は願望といった声が聞こえる。
「なんだい兄ちゃん、そんな顔して。めでたいことだろ?」
「え? そうなの?」
どうやらユウトのリアクションはその場に合っていないらしく、先ほど声を掛けてきた男性が疑問符を浮かべる。
続けて男は、
「当然だろ? このままいけば龍を討ち取ることも夢じゃねぇ」
その言葉にユウトは反応する。
「龍? ――あ、ハクアのことか」
見た目は完全に人間なため、龍と言われてもすぐにはピンとこなっかた。
ユウトが勝手に一人で何か納得しているの見て男性は聞く。
「ハクア? 誰だそりゃ?」
「たしか……『白龍』って言ってたな」
男は固まる。
否、男だけでなく周りで喋っていたその場の全員がユウトを見て固まっている。
場の空気が凍るのを感じたユウトは額から冷ややかな汗を流し、
「あれ? 俺、変なこと言った?」
下手くそな笑みをつくり後ずさる。
そのまま回れ右をしてこの場から逃げようとした瞬間、誰かに腕を掴まれた。
「逃がすな! すぐに誰か兵を呼んでこい!」
ユウトは地面に押さえつけられる。
大人が何人も加わり、とても抜け出せそうにない。
前の様子を伺うと町を歩いていた人々は消え、商売をしていた者達は店を畳み始めている。
只事ではないことは分かるが、原因が分からない。
自分は何かおかしなことを言っただろうか。
頭をフル回転させ、自分の発した言葉の数々と今までの情報をかき集める。
――『あの国とはお互いに干渉しない約束があるのでな』
此処、『日長ノ国』に行く直前でハクアが言っていたことだ。
もしかしたらハクアの名前を出すことはこの国にとって禁忌なのかもしれない。
「お前は厄人なのか?」
そんなユウトの考えは彼を押さえつけている大人達の一人が聞いてきた質問によって吹き飛ぶ。
「やくにん……役人か? 俺は学生だ」
この世界に学校がなければ無職ということになるが。
「お役人様のことじゃねぇ! 無礼であるから二度と間違えるな」
何かに怯えているのか、男は唇を舐めて息を飲み込む。
ゴクッという音がユウトの緊張をさらに高める。
「もう一度聞く。お前は九厄人か? もしくはその関係者か?」
ユウトを押さえる力が強くなる。
息が苦しくなり、視界が暗くなる。
徐々に意識が遠くなり――――、気絶。
ガクッと動かなくなったユウトを見て男達は、
「おい、ひょっとしたらコイツ関係ないんじゃ……」
「分からん。変わった格好をしているし、何より『白龍』の名前を知っている」
「そうだな。兵達に預けた方がいいだろう」
会話を終えると同時に黒服を着た男が二名やって来て、事情を話す。
状況を理解した黒服の二人はユウトの両手を縄で拘束。
彼を肩に乗せ、連れて行った。
目が覚めて始めに感じたのは固い床の感触。
そして見覚えのない天井。
どれくらい寝ていたのだろうか、起き上がると体が痛い。
室内を見回すと、真っ先に目に飛び込んできたのは木造の堅牢な格子。
窓一つなく、薄暗い。
「牢屋か?」
頭の中で出た結論を口にする。
「そうだ」
格子の向こうから威圧感を感じさせる低い声が聞こえてきた。
そしてその声のとおり貫禄ある男が視界に入ってくる。
着崩した和服がよく似合う、栗色の髪をした男。
彼は顔にある刀傷を掻きながら、格子の前にドカリと座り込む。
――大きな刀を持って。
「事情は分かった。今からお前の処罰を決めるため、俺自ら話を聞いてやる。まずお前の名は?」
相手の雰囲気に気圧され、背中が汗で滲む。
「安曇優人だ」
その気持ち悪さを感じながらも、声を振り絞る。
続けて、
「あんたは誰だ?」
そう聞くと男は少し驚く。
「俺を知らないのか?」
「はい」
ユウトはまた変なところをついたと思ったが、男は不快に思った様子はない。
「俺は八猛虎が一人、ケイコウ・クマデ。この『日長ノ国』を治める者だ」
「えっ! 殿様ってこと!?」
「ちょっと違ぇ。治めるっつても、俺は管理を任されているだけだ。君主はただ一人」
「へぇ~、そうなんだ」
ユウトの言葉を最後に暫く沈黙が流れる。
するとケイコウと名乗った男は「クックックッ」と腕を組んで笑いだし、
「お前、聞いてた通りホントに世間知らずだな。嘘はついてねぇみてぇだし、厄人にしては弱そうだ。このまま解放してやってもいいんだが――」
ケイコウは少し間を置いて口を開く。
「『白龍』の名前を知っていることだけが分からねぇ。厄人じゃなくても龍と繋がってるなら――お前を斬る」