魔界事変08 『魔王の進御』
その威厳を持ちながらも温和な雰囲気、そして聞くものを魅了するその声に場にいた人間の心持ちも和らいだように感じられる。
乱れていた空気が整理され、場にある種の平静さが戻ってきた。
「やりとりを裏手で聞かせてもらっていたが、私の愚息が無礼を働いたね、死神の少女よ。だがこの子はまだ幼いのだ。見た目以上にね。それに頑固だから恐らく満足に謝ることも出来ないだろう。どうか私に免じて許してもらえないだろうか?」
魔王はなんと頭を下げたのだ。その行動に、サザやその場の人間たちが目を丸くする。しかし魔王はそんな事は意にも介していないようだ。
その魔王の言葉と言動にジーナも大層驚いたようで、元々大きな目を更に大きくして『いや、別にそんな・・・』と言うばかりだ。
見た目よりも幼い、と言われたことに対し屈辱を隠せずにいて、何か言いたげに魔王の方を睨むサザを、微笑みながら真剣な眼差しで見つめ直し、
「サザ、この国は見た目や考え方、言葉やどんな神様を信じているかに関係なく、この魔王という1人の〈人間〉の下で皆一つにまとまってくれているんだ。だからそのように他を馬鹿にする言葉は使ってはいけないよ。そもそも元をたどれば私達魔族も人間たちの世界からここにやってきたのだからね。もっと分かりやすく言おうか?」
魔王のまるで幼子を諭すような言葉に、弟は言い返すことが出来ず、ただ「私が間違っていました」とだけ小さく囁いた。
それを見て、今度はマルティスのほうに向き直り、「マルティス、我が息子よ。お前はこの国の理念をよく心得ている。父親として心身ともに強く、立派に育ってくれたことを心から誇りに思う。ただ言うことがあるとするならば・・そうだな、この国を統率するのは力だけではない。仁と徳だ。だからたとい相手に全面的に否があっても、暴力は最後の手段にしなくてはならない。暴力は相手をねじ伏せることは出来ても、相手の気持ちを完全に潰すことなど出来やしないのだからね。」と、皇子を褒め称えつつもその血の気の多さを宥めた。
・・・さすがは魔王だ。言葉の一つ一つに重みがある。しかも一音節一音節の響きが何故か非常に心地よく聞こえる。皇子にも似たような響きを感じていたが、皇族の固有の能力なんだろうか。
「そうだ、それと・・・
元気なのは大いに結構だが・・・私の寝室に忍び込んで家具を勝手に並び替えたり、勝手に城から抜け出すのは・・・褒められたものじゃないね。」
魔王はそう付け加えた。
周囲からはクスクスと笑う音が聞こえる。しかしそれは侮辱の意から来るものでは無いのは明らかであった。
裏でそんな事をしていたのかこの皇子は・・・・ジーナも同じことを思っていたようで、俺もジーナもマルティス皇子を半ば呆れたような目で見つめた。
皇子は顔を真っ赤にしながら俯いて、返す言葉もありません、返す言葉も・・・と言うばかりだった。
「 さて!そろそろ本題に入ろうか!」
魔王が切り出した。
こうして魔界帝国の建国1000年を祝す儀式が始まりを迎えたのだった。