魔界事変07 『トラブル』
皇子は何故か宰相たちから少し離れた位置に立ち、俺もとジーナもそれに続いた。
『すんごい物々しいね・・・』
ジーナはその空気の重さに耐えかねて俺に耳打ちしてくる。
「こんだけ不安定な中でやる上に重要なイベントだ。皆張り詰めるのは当然だ」
・・・と、ボソボソと囁きながら話していると
おい!なんで子供がここにいるんだよ!さっさと下がれ!
甲高い声が静かな室内に響いた。驚いて振り返った先にいた声の主は皇子の弟、サザだった。
マルティスと違って色々とアレなこの第二皇子はどうやら俺たちを気に食わないらしいが、そんなことを言われる筋合いは無い。
「サザ皇子・・・お言葉ですが私めらは殿下のお父君からの招待を頂いてここに参っているのです。ですので・・・・
と冷静に言葉を返そうとすると
『何を偉そうに言う!文句はお父上に言え!』
と、せっかく聞こえのいい言葉で取り繕った言葉をジーナが要点をまとめて伝えてくれ・・・いや伝えてしまった。
王族でない2人から口答えされたことに腹を立てたのか、
魔族ですら無い原住民ごときがオレに口答えするな!
と、声を荒らげ、あろうことかジーナの頬を張った。
サザのその行動に静かな水面に雫が落とされたように騒ぎが広がった。
しかし、何がおかしいのかニヤニヤしながら俺たちを横目で見つめてくるものもいる。下級貴族の連中だ。上級貴族の人間も、余計なトラブルに巻き込まれまいと目を閉じて見ざる聞かざる言わざるを通している。無理もない。いくらアレとはいえ皇子は皇子。逆らって得られるものは反発くらいなものである。
我ながら余計な意地を張っちまった。そもそも俺が言い返さずに流しておけば済む話では無かったのか。俺が言い返しさえしなければジーナのやつはこんな侮辱を受けることはなかった。自分の浅薄さに心底嫌気が差す。
「これだからお前は兄さんと比べて・・・」 「少しはご令兄を見習われては?」
・・・俺が物心付く頃から言われ続けてきた言葉が頭の中で反芻され、何度も響いてくる。
しかし今は、特定の種族を見下すことを黙認するかのような空気への怒りが勝り、ジーナの方を見やると、
『・・・・・・皇子・・・いくらなんでもそんな言い方は・・・
ジーナは平静を装っているが、明らかにその表情には怒りがこもっている。
うるせぇ! 同じ空気を吸いたくないからその汚い口を閉じやがれ!
ジーナは周りのあざ笑うかのような空気を感じ取ったのか、歯が欠けてしまうのでは無いかと思うくらいに歯を食いしばり、目に涙をためながら黙り込んでうつむいてしまう。親指を握りつぶしてしまうほどに強く握られた拳の甲には、大きな血管が浮かんでいる。
これ以上ジーナが傷つくのは我慢ならん、何か言ってやろう、と決めて王子を睨みつけた瞬間
先にマルティス皇子がサザの鼻頭を平手ではなく、拳で思い切り殴った。
サザはふっとばされるのでは無いかと言うほどの勢いで大きくのけぞった。
・・・っなんだよ兄貴!?
涙目になりながらマルティスの方を睨むサザ。そのただでさえ憎たらしい顔にはマルティスと同じ気高い血とは思えない、汚い鼻血を垂らしていた。
「それが人の上に立つ王族の言うべき言葉かこの痴れ者が!星の数ほどの種族で成り立っているこの国を否定するに等しいんだぞ!ジーナに対する謝罪の言葉は無いのか貴様は!」
皇子は一切息を止めずに厳しく叱責する。
サザはべそをかきながら俯いて黙り込んだ。周りも巻き込まれたくないと見て見ぬ振りをしているのにも腹を立て、拳を振りかぶった皇子を
まぁまぁ、マルティス皇子。サザ皇子もまだお若いのです、多目に見てあげたらどうでしょうか?
後ろに立っていた魔王の側近、オールスが皇子の手を掴んで制止した。
その長身にヒゲを生やした異貌の大男の空気に呑まれたのか、王子もその手を下ろしてしまった。
弟の方は随分とこの魔術師にべったりらしい。弟のほうがほらみろ、といった顔をしている。
本当に不愉快な面をしている。こんなのがマルティスと兄弟だというのが本当に信じられない。
にらみ合いが続き、その場の空気が張り詰め、今にも何か騒ぎが起きそうなほどだった。
その空気を壊したのは
「やぁやぁ皆、どうしたんだね?こんなに空気を張り詰めさせて」
ようやく進御された現魔王、サタン19世だった。
【サザ皇子】
魔界帝国の君主、魔王の第二子。
異民族に対する敵愾心が非常に強く、魔族以外の存在を良しとしない。