魔界事変04 『マルティス皇子』
ふん、今回こそは捕まんねぇぞ
俺は入り組んだ路地裏を縫って走っていた。屋根に駆け上っては飛び移り、時には隠れたりと、退屈な城から抜け出してはそんな風に自由に体を動かすことが、俺の楽しみの一つだった。
よし、この辺で息を潜めるか
俺みたいな子供がぴったり隠れられるくらいの茂みを見つけると、向こう側にあったゴミ箱に小石を投げつけて、音を立てて撹乱しつつ、静かに身を隠した。
・・・・・
ーどっちのほうへ行った!?ー
ーーヤバい見失った!ーー
聞き慣れた二人の焦る声が聞こえる。
ー俺はあっちを探す!お前は向こうからだ!ー
ーーあの皇子は・・!わかった!見つけ次第広場まで連れてく!ーー
二人の足音が遠のいていく・・・・
今回こそは撒けるーー心のなかで狂喜しながら隠れた茂みを抜けると
『やっぱりそこにいましたね。なんとなく気配がしたからフェイントかけちゃいました☆』
ジーナは笑う。
「これで3日連続、通算300回目ですね・・・」
まったく・・・と言った表情でこちらをにらみつけるウィレム。
いつもの二人に待ち伏せられ、まんまと捕まってしまった。
[ちくしょう!また捕まっちまった!]
『そうですね。お城に戻りましょ?今日は大切な日ですから』
[どうしてわかったんだよ!?]
完璧に隠れていたのにまるで最初からわかっていたかのように見つけられたことに納得がつかず、ジーナに疑問をぶつけてみる。
しかしジーナはニヤリと笑って答えを返さない。教える気はなさそうだと感じて、2人に促されるままに歩き出した。かくして2人に捕まってしまい、城へ帰るために路地裏を通っていると、突然ジーナがなにかにつまずいて転んだ。
『いたた・・・
足元を見れば、眠っているとも弱っているとも言えないような年老いた男が壁にもたれかかっていた。様子がおかしい。目を見開いてはいるが視線はどこに向かっているでもなく、ただ虚空を見つめているようである。
『ひっ・・・す・・すいません・・』
その異様な様子に恐怖を覚えたのか、立ち上がってすぐジーナが謝罪の言葉を述べるが、男には全く声が聞こえていないようだ。ジーナはやばいと思ったのか、背中に背負った鎌の柄に手をかけ、老人から目を離さず、俺とウィレムの背中を押すように、さっさとここから抜け出そうと急かすのである。
路地裏を抜け大通りに出ても、異様な雰囲気は消え去らない。普通に歩いているように見えてやはり異常な様子のもの、立ち止まったままうなだれてそこから一歩も動かないもの、さらには俺が皇族であると見るやいなやナイフのように睨みつけてくる物など様々で、どうしてこんな様子なのか全くわからなかった。
[・・・最近、街の様子がおかしい気がするんだよな]
三人で歩いている中、俺はそう呟いた。
『おかしい?どういうことですか?』
「・・・・」
ジーナは何のことか分かっていないのか、とぼけているのかは分からないが、ウィレムは周りを少し見回した後に俯いて何かを考えているようだった。
ここ数ヶ月であらゆるものがおかしくなっている。
これも全部『救済の雫』ってのが出てきてからだ。こっそり城の通気口を通ってるとき、変な形をしたビンの匂いを嗅いだ守衛がそのまま魂が抜けたように崩れ落ちたのを見た覚えがある。
劇毒の類だろうか?何でも非常に安価な値段で夢見心地を味わうことのできる代物らしく、半年ほど前にとある市場で売り出されたのを契機に、この魔界帝国全域で大流行しているそうだ。
不思議なことにそれよりもほんの少し前に各地で種族問わず子供、特に4歳位から12,3までの少年少女の行方不明が相次いでいるらしく、それはここ、帝都パンデモニウムでも例外ではなかった。
こんな不安定な中、のんきに建国1000年を祝うなんて大丈夫なんだろうか?しかも反乱が各地で発生しているのになぜパンデモニウムは何のトラブルも無いのだ?
何かの陰謀か?
いや、何を考えているんだ俺は。国のトップに立つ一族である俺が陰謀論に囚われるのか?これがもし2人に知れたら、恐らく笑いものにされちまうだろう。
しっかりしろマルティス。お前は魔王家の長男じゃないか。
わずかだが辺りが明るくなってきた。そろそろ始まる時間だ。とにかく重要な式典なのには違いない。やはり遅れるわけにはいかない。
そう自分に言い聞かせながら、ジーナとウィレムにも急ごうと告げて走り出した。
【救済の雫】
数ヶ月前から首都パンデモニウムで流行し始めたリラックス剤。
服用すれば夢見心地になり、天国の感覚を味わえる魔法の薬。
透明な小さな小瓶には「愛おしい貴方に救済を」というラベルが貼られている。