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魔界事変02 『ウィレム=ヴァレフォル』



この闇の世界の帝国は魔王、サタンと呼ばれる君主が治めている。そして初代様がこの国を建ててからもう1000年が経とうとしている。


 そんな長い歴史を持っているだけあって、この国は純粋なヒトのみならず、広義における人間、つまりは亜人や獣人、果ては妖魔といった類の者までもが混じり合い、集まり、一つの世界を築いていた。


 この少年、ウィレムはその帝国の72大貴族の一つの名家、『ヴァレフォル家』に生まれ、何事も順調に過ごしていた。





「寒い。マジで寒いんだよ畜生め」


 俺は部屋を出て、悪態をつきながら浴場に向かった。

さっきまで大量に寝汗をかいていたせいか、いつもよりも寒く感じる。


 火山が豊富なこの地は災害が多発する一方で、豊富な温泉ももたらした。

寒冷な気候で塵が多い闇の世界において、身を清め、温めることのできる温泉は、大昔から無くてはならないものだった。


「何だったんだ・・さっきの夢は・・」


 俺は歩きながら夢の事を考えていた。

 まさに瀕死の状態で海に捨てられる情景だった。この時期の海は流氷もちらほら浮いている。何かの間違いで飛び込んだら凍死まっしぐらだ。おっそろしい夢だ。




『目先の事を考えよう』、『神経質になりすぎだ』


 少年はかつて無いほど不吉で嫌な夢に悪寒を覚えながらも心中で自分をこう諌めながら薬草と湯気の匂いが漂う扉まで歩を進めた。


 先客は誰もいなかった。無理もない。少年が目を覚ましたのは早朝も早朝、給仕ですらここまで早い時間から仕事を始めることは無かったからだ。


 のびのび出来ると少年は喜び、洗い場で湯を被り、体を洗って浴槽を見つめると、それを満たす湯は淡い光を帯びていた。この光は温泉に混じった地底深くの光石の粒子によるものと言われ、その優しい光は古来から「癒やしの光」として重宝され、実際に傷の治りが早まるという噂すらある。より深層のものはより強く輝くらしいが、父上、つまり当主のケチ精神、もとい倹約志向のおかげで高い高度から温泉を引いてきているらしい。


 少年は最初に右足を、次に左足を、その次に身体を湯にゆっくりと沈め、長く、深い息を吐き出して、そう、これだ。これが無いと一日は始まらんな。少年は深く長い息をつきながら誰かに話しかけるでもなくそう呟いた。


 緑がかった黒髪に2本のヤギのような角、背中に生えた1対の翼に金色にきらめく瞳。

これらは魔族の典型的な特徴で、少年の容姿はまさに「純血の魔族」的だった。


 なんて良い時間だ。静かで心地よく、誰彼とのコミュニケーションに煩わされる事も、外の寒さに煩わされることも、この俺一人しかいない浴場では無い。こういう時間があればそれなりの嫌なことも忘れられる。


 そんなことを考えながら石造りの浴場の天井に描かれた絵画をぼんやりを見つめ、落ちてくる水滴の冷たさとその音、香草の湯の香りをのんびりと楽しんでいると


                     ガラッ!


 突然扉の開く音がした。「なんだなんだ・・・?」身を起こして扉の方を見つめると、小さな影が立っていた。


 その小さな影の主がウィレムのいる浴槽に走り寄り、思い切り飛び込んだ。


『にーちゃん!おっはー!』


 高い大きな声が静かな浴場に響いた。ちょうど6歳になる弟のエレンだった。


 「野郎・・・・体洗ってから入れよ!」


  体を洗うのが面倒臭いと言う弟の頭を軽く叩いて少年は弟を諌めるが、まるで聞いていない。


       『そんなことよりもー、なんでこんなはやくおきたのー?』


とエレンは聞こうとしたが、ウィレムが体を洗いながら話してやると言うと、渋々と浴槽から上がって洗い場の椅子に座った。


 ウィレムは弟の体を洗ってやりながら、どうして早く目が覚めたのかについて話した。エレンにとっては思ったよりもつまらない理由だったらしく、今日あることについて話題を変えだした。




 この日は全ての魔界の住民にとって記念すべき日となる。この魔界帝国の初代の魔王様がこの国を開いてちょうど1000年目となるのだ。少年たちの住む都市パンデモニウムは、な雰囲気が支配していた。


 『兄ちゃんはずるいよなー、12歳なのにお祝いの・・・えーっと・・』

「儀式だ。文句言うなよ。なにせ父上は別の都市へ出張、兄上も特別な任務があって出席できない。となると俺に白羽の矢が立つのは当然だろ? それに俺は皇子の付き人だからな。」


 その皇子は現魔王、サタン19世の長男で、年は俺と同い年の12、彼はとにかく元気の有り余った奴でやんちゃ、しかもそのくせ頭も回る、周りから見れば割と厄介な存在ではあったが、決して悪ガキというわけではない、そんなよくわからないやつだった。


 この国では伝統的に、柔軟に育てるために、魔王の長男と歳の近い優秀な子供を2人選び遊び相手及び付きとするという制度があり、俺ともう1人の少女、ジーナもそうして選ばれた身だった。


 そしてこの状況下・・首都パンデモニウムを除いた多くの都市で同時多発的に起きた謎の暴動の鎮圧のため、父上は別の都市へ派遣され、魔王直属の兵士、【魔王軍】の兄貴は多忙故に手を離せない。そんな異常な状況下の下で、俺のような子供が出席できるなんて事はまずありえないであろう、建国1000年を祝す儀式に出席することになったのだ。




 ウィレムは弟をあらかた洗ってやると、もっと話したがる弟を尻目に浴場を後にした。気づけば早朝から朝と呼べる時間になり、屋敷の人間たちが目を覚まし始める頃合いになっていたのだ。


 ウィレムは決して人付き合いが下手な訳では無く、むしろ礼儀正しく秩序と和を重んじるように育てられてきた。しかし彼は他者と長い時間馴れ合うことをあまり好まなかった。それは事あるごとにヴァレフォル家始まって以来の天才と目される兄と、事あるごとに屋敷の人間に比べられることに嫌気が差していたからだった。


 もちろんウィレムは彼の兄を尊敬していたし、憧れていたし、愛してもいた。

しかし、そんな言葉では片付けられないほどの気持ちが、常に彼の胸中で渦巻いていたのである。


 ウィレムは質の良い余所行きの服に着替え、台所にあった物を軽く食べてさっさと屋敷を後にした。

【ヴァレフォル家】


魔界帝国の72の名家の1つ。

双頭の鳥が家紋で、魔界の首都パンデモニウムに居住する。

この一族の血を引く者は緑がかった黒髪になる。

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