魔界事変19 『魔界事変10』
気づけば外は暗雲が立ち込め、雷が鳴り響き始めているようだ。
男は『救済の雫』の小瓶を傾け、液体をウィレムの腕に刺さった管に流し込んだ。
液体はゆっくりと、ゆっくりと確実にウィレムの体内に入り込もうと管の中を進んでくる。
「ッおい!離せよクソ野郎!」
ウィレムは怒鳴る。例え男がその言葉に応じないということはわかっていても、叫ばずにはいられないのだ。液体がこちら側に流れてくるにつれて、悪寒が、震えが更に強くなっていく。
ヤバい。近くにあるだけでここまでひどいエネルギーが伝わってくる。こんなものが身体の中に入り込んだら俺はどうなるかわからない。
「やめろ!」
ウィレムはさっきよりも大きな声で怒鳴る。男はやはりにやにやと笑うばかりで何も喋らず、管の半分まで進んだ液体と恐怖に歪んだウィレムの顔を交互に見つめている。
冗談抜きでヤバい。震えと冷や汗が止まらない。心臓が砕け散らんばかりに心拍数が上がっているのが分かる。呼吸が乱れ手足がしびれ、視界がチラチラとした光で埋め尽くされ、耳なりがどんどん強くなって、男が口を動かしているようでも何を言ってるかわからない。
ーそ...だ、お前に最期に..ことを......るよ。ー
ー『救済..』の材料...、.......しめて、痛.....末に..して怨念に染...ガキの.....。ー
「やめろ・・・やめてくれぇ!」
男の声はもはやウィレムには届かない。少年の恐怖心は臨界点に達した。液体がはや管の8割まで到達している。
全身からは汗を、顔からは涙と鼻水を、そして失禁までして泣き叫びながらやめてくれと訴える被験体と化した少年を男は指を指して大笑いしている。
『救済の雫』が管の終わりに達し、ウィレムの体内に入り込んだ瞬間ー
ーー・・・・・!!!!!ーー
突然、体温が氷点下まで下がったかのような悪寒に襲われ体が動かなくなる。意識するとすでに五感は失われていた。残ったのは頭に響き渡る轟音と皮膚の内側に夥しい「何か」が這いずり回り、身体の中を少しずつ、少しずつ食い荒らされるような
「ぁぁ・・・・あ゛ あ゛ あ ゛あ ゛あ゛ あ゛ あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!!!」
頭の中身が沸騰しているようだ。手足を縛っていた鎖が砕け散り、床の上でのたうち回る。頭に響く雑音がやがてはっきりと意味のあるものに変わっていく。
・・・ナンデ
なんだ?
ナンデオマエハ カラダヲ
なんだ一体?
オマエハナンノカチモナイ
ヤクタタズ
やめろ。
カラダヨコセ
オマエノセイダ
シネ
シネ
シネ
キエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロ
ーぷつん。
ん?何かが切れた音がした気がする。何が切れたかは分からない。だが
・・・だが、・・・あれ? 俺はここで何を・・・いや、そもそも俺は一体・・
誰だったっけ?
・・・・・・
・・・・・・
「うーむ、これは思った以上だったなァ。」
男は顎に手を当てて目を開けたまま死んだように動かなくなったウィレムを見下ろしながら呟いた。
「まさか鎖を自力で壊しちまうとは・・・」
先程まで少年が磔にされていた板と、ウィレムの手足に付いていた金具を交互に見つめる。
「うへぇ、しかもなんか身体が黒くなってってるし」
腕を掴んでウィレムの体を少しずつ覆っていく黒い痣に触れてみる。光をすべて吸収してしまうのか、全く光沢がない。壊死でも痣でも無い、異常な状態だ。しかもその痣は皆長方形の形をしている。
「まッ、いいや♪とりあえず♪俺の部屋に連れてこ♪久々の美少年だし♪腐っても鯛って人間界のどこかで言うらしいし♪」
男は小瓶を注意深く容器に戻し、鼻歌交じりにウィレムの足を掴んで引きずりながら部屋を後にした。
「まずどうしよっかなァ♪ 女の子のお洋服着せよっかなぁ♪ それとも去勢してホントに女の子にしちゃおっかなぁ♪」
「うーん・・・・」
「でもでも!やっぱりまずは♪アレだよなァ♪」
男はもはや魔王のものでは無くなった城の廊下を下劣な妄想に耽りながら、軽い足取りで通っていった。




