魔界事変13 『魔界事変4』
「さぁ~~て・・・」
深く息を吸い込んで情けない恐怖心を抑えようと試みる。皇子という絶対に取られてはならない駒を逃せた。どうせ今から逃げ回ったって出口を見つける前にぶっ殺されるだろう。だからせめて敵の集中を俺の方に向けさせ続けて無事に逃げられる可能性を少しでも上げなければ。
もう一度肺の容量の限界まで息を吸い込む。感情の乱れが消え、精神が凪いだ瞬間ー
ウィレムの両腕から伸びた光の刃が伸び、周囲を薙ぎ払った。黒い兵士は切断され、再び粘液のようなものに成り果てていく・・・と思いきやどうしたことか。切った数だけ再生していくのだ。
どれだけ一匹一匹をズタズタに切り刻んでも全く意味がない。
どの方向へ逃げても至るところに黒い兵士が現れてくる。時が経てば経つほど、頭数も一匹一匹の強さも大きくなっていくのがわかる。
空中で全身を思い切りひねらせ、四方八方に斬撃を繰り出すが、もはや時間稼ぎにもなりはしない。
「これは・・・やべぇぞ」
「ッ・・・!」
まだ人形をしていない黒い兵士は一瞬の隙を突いて左腕に巻き付いてきた。
引き剥がそうとすればするほど巻き付く力が強くなっていく。雷の力で焼き殺そうと腕に魔力を集中させたその瞬間ー
ボギッ
・・・!!
腕がへし折られてしまった。
痛みに怯んだ更に一瞬の隙を突かれ、今度は胴体に巻き付いてきた。抵抗する間も無く、凄まじい力で締め付けてくる。胴体を守る鎧はまるで粘土のようにクシャクシャに潰され、ぼき、ぽきん、と肋骨の折れる音がウィレムの全身に響き渡る。
あまりの痛みに、ウィレムは力なく床に倒れ伏してしまう。しかし敵に慈悲など期待するほうが狂っている。兵士たちは動けなくなった少年に馬乗りになって何度も何度も殴りつけ、折れた左腕を引きちぎらんばかりに更に捻じ曲げようとする。
幼少の頃から鍛錬を積んできた少年も、今までに経験したことの無い痛みに、かつて無いほどの悲鳴を上げる。
黒い化物がウィレムの関節を砕くように思い切り腕を叩きつけてきた瞬間、
ウィレムの心は骨とともに完全に打ち砕かれ、瀑布のような目前へ迫った死への恐怖と、戦う力を完全に潰されたことへの怒涛の如き絶望感から、心の底から泣き叫んだ。
しかし、誰一人としてこの哀れな少年を助けようとするものは無かった。「叫んでも奇跡は来ない」などとはよく言ったものである。
こんな絶望的な状況下でも、魔族固有の幼くも頑丈な身体はその身体の持ち主に意識を失わせるのを許しはしなかった。
いよいよ黒い兵士が首に迫り、首にゆっくり、ゆっくりと這うように巻き付いてくる。
ああ、俺はこれから死ぬんだ。 首をゆっくりと、弱い力でだんだんと締め上げられて、苦しみながら死ぬんだ。
時間稼ぎを初めてどれくらいの時が経っただろうか?どれほどの時間を2人のために稼げただろうか?
【これだからお前は・・・・】
・・・なんだ?これが走馬灯とかいうやつだろうか。
【これだからお前は兄さんと比べて・・・ふん、本当に情けない息子だ。いや、・・・・】
父上の声だ。父上は偉大な人だった。魔王のために生き、魔王のために戦い、今の地位を築いたのだ。
俺なんかと比べて・・・ 俺みたいな者は愛されなくて当然だ。
ジーナ・・・皇子を頼んだぞ・・・
目を閉じた一瞬の間に、何かが起こった。全身にのしかかっていた黒い兵士の重みも、首元への不快感も感じない。俺は恐る恐る目を開けてみた。
周りには黒い兵士は影も形もなく、ただ目の前には1人の男が立っていた。その男こそ、魔王直属の武装組織、【魔王軍】の隊長格にして、心から憧れてきた兄、フリードリヒ=ヴァレフォルだった。




