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第三話 結月と千晴

 結月は、念のため病院に行くとのことで、親に迎えにきてもらうことになった。


 時間は十八時前。俺と結月は校門前にある、境界ブロックに、人一人分の間隔を空けて座っていた。


「てか、朝日、何してんの? あたしのことなら、ほかっといてもいいから」


「ちげえよ。友達と待ち合わせしてんだよ」


「あっそ。てか、一輝以外に友達いたんだ」


「そりゃまあな……」


 と口喧嘩みたいなことをしている時だった。目の前に大きな影が現れた。顔を上げると、そこには千晴がいた。


「お待たせ!」


「おう」


 軽く手を上げて挨拶を返す。すると、千晴は結月の方へと目を向けた。


「どうも」


 千晴は初対面の結月に対して、爽やかな笑みを向ける。すると結月は、警戒しているのか無表情で挨拶を返した。


「ども」


「モーちゃんと同じ水泳部だっけ?」


「そうだけど。え? てか、モーちゃんって何?」


 千晴が俺のあだ名を口にした瞬間、結月の口角が上がる。それは、新しいおもちゃを見つけた時の子供のような表情だった。


 それを見た千晴は、やってしまったと言わんばかりに、俺に申し訳なさそうな視線を送る。


「あ、ごめん。モーちゃんは中学の時のあだ名でさ」


「あはは、何それ。メチャ可愛いじゃん。よっ! モーちゃん!」


「うぜえ。だからやめろって言ったじゃん」


「ごめんごめん」


 二人に悪態をつくと、千晴はまた手を合わせて謝る。


 正直、結月に知られたら、こうなることは分かっていた。結月の意地悪そうな笑みに、恥ずかしさが爆発しそうになる。


 それでも、楽しそうに笑う二人を見ていたら、不思議と心は落ち着いてきた。今日はいいかな。なんてことを思ってしまったのだ。


「てかさてかさ! 何? 君は朝日と同中なの?」


「そうそう。三年間同じでさ。あ、俺は、天河千晴。よろしく」


「あたしは空乃結月。結月でいいよ。あっ……!千晴が転校生ってこと?」


「そそ。そこでまさかのモーちゃんと再会してさ」


「運命じゃん。ぷっ……あはは、やっぱモーちゃんはうける。"ちゃん"なんて顔じゃねえし」


「あーーマジでうぜえ。結月にもクソみたいなあだ名つけようぜ」


 そう千晴に提案すると、彼は苦笑いを浮かべる。すると、結月が人差し指を立てた。


「千晴はチーちゃんでいいじゃん。ちゃんちゃんコンビみたいな」


「おお! いいかも」


 千晴は何でも良いようだ。俺だったら、こんなにも快くは受け入れられない。


「結月ってもじりにくいよな」


「残念でした。あたしにあだ名つけようなんて考えんなし」


 咄嗟にあだ名が浮かばない俺に非があるのは承知だが、悔しかった。それでも、三人でする馬鹿な会話は楽しかった。


 気が付けば、千晴と結月は、この短時間で互いに笑みを向け合うほど距離を縮めていた。千晴と結月の性格があっての早さだろうか。


「あ、お母さん来たわ。んじゃ、またね!」


 そう言って結月は立ち上がると、校門前に止まった車の元へ歩いていく。俺と千晴は手を振りながら、結月を見送った。


「やっぱ可愛いな」


 遠くなっていく車を見ながら、千晴が呟いた。


「嘘だろ?」


「いやいや、本当だって。なかなかいないじゃん。ああいう子」


「絶滅危惧種かもな。え、てか何? 好きなの?」


「いや! まだ分かんないけど、仲良くなりたいなって」


「そっか。まあ……ならさ……明日も一緒に帰ろう。結月にも声かけるからさ」


「おお! さすがモーちゃん! 頼りになるな!」


 そう言って千晴は俺の背中を叩く。その笑顔は、とても嬉しそうだった。


 帰り道。俺は千晴に何気ない疑問をぶつけてみた。


「なんか長野にいたとか言ってたけど、いつの間に行ってたんだ?」


「ああ。親の仕事の関係だよ。でさ、この先も転勤が増えそうって言われて。その度に学校変わるわけにも行かんからって、こっちのじいちゃん家でお世話になることになったんだ」


「へえ」


「モーちゃんは、おばあちゃんと妹の三人暮らしだったよね?」


「そ。今もね」


「そっか! まあ、理由はともあれ、またモーちゃんに会えて良かったよ」


「大袈裟だろ。てか、クラスに溶け込むの早すぎな。そういうの……羨ましいよ」


「そうかな? 俺はモーちゃんが羨ましいよ」


「俺が? いやいや、俺には、何もないだろ」


 そう言うと、千晴の顔から笑顔が消えた。


「俺はさ……んーいや、何でもない! んじゃ、俺、ここ右だからさ」


「お、おう」


 最後は何かを隠すように笑った千晴は、大きく手を振って背を向けた。


 顔もカッコよくて背も高くて、運動も完璧。性格だって優しいし、勉強も平均より良かった千晴が、俺を羨む要素なんてない。


 どれだけ俺の長所になりそうなもの並べたって、千晴に敵いそうなものはないのだ。


 次の日の朝。いつものように朝早く教室に着いた俺は、入り口で立ち止まっていた。今日も一番と思っていたのだが、既に人が来ていたのだ。


「おはよ!」


「おっす。早えのな」


 目が合うなり、千晴は大きく手を挙げる。


「一輝に聞いてさ、モーちゃんいつも一番乗りって。だから俺も早く来てみた」


 そう言って自慢げな笑みを見せる千晴は、俺の前の席までやってくる。


「早すぎだわ。やることないだろ」


「まあな。でも、何か無性に早く来たくてさ」


 そう言って千晴は、窓から見える空に視線を移した。


 すると、教室の入り口の戸が開く音がした。顔だけを向ければ、そこには結月が立っていた。


「お、ちゃんちゃんコンビじゃん」


「お、結月。足、大丈夫か?」


 そう聞くと、結月は腰に両手を当てて、ニカっと歯を見せる。


「軽い捻挫だってさ」


「そっか。なら良かった。てか、早いな」


 思えば、結月とこの時間に会うのは初めてだった。


「それ。歩けるって言ってんのに、お父さんが送ってくっていうからさ。もっとゆっくりしたいのに……。まあ……でも二人がいて良かったよ。いつもこの時間?」


「まあ。千晴はたまたまだよな?」


 そう聞くと、千晴は一瞬固まる。どうしたのかと思っていると、千晴はすぐにいつもの明るい調子に戻った。


「いや! これからはこの時間で来ようかなって思ってるよ」


「へえ。じゃあ、あたしもそうしようかな」


 結月がそう答えると、千晴は満面の笑みを浮かべた。結月はそれに応えるように笑顔を見せると、俺の隣の席に座る。


「チーちゃんは、どこから越してきたの?」


「長野」


「ええ! いいなー。涼しいイメージなんだけど」


「そうだね。こっちよりは涼しいかな」


「だよねー。いや、マジで涼しくならんかな。残暑キツいわ」


 そう言って手で顔を仰ぐ結月は、怠そうな顔をする。その様子を見た千晴は、可笑しそうに笑った。


「あはは、結月って表情豊かだよな。喋ってて楽しいよ」


「あ、分かっちゃう?」


「うるさいだけだろ」


 調子に乗っている結月に小言を言うと、彼女は俺を睨む。


「これだからブサメン君は……」


「おい、ブサメンではないだろ。なあ千晴?」


「ん! そだね。モーちゃんはカッコいいよ」


「いや、カッコよくはないだろ……」


 下げられても上げられても肯定できず、モヤモヤとしてしまう。すると、結月は机に両肘をついて、顎を掌に乗せた。


「チーちゃんは、モテそうな感じだよね。前の学校とかはどうだった?」


「いや、そんなモテはしないよ」


 女子は恋話が好きと聞くが、やはり結月も好きなのだろうか。とても楽しそうだ。それを恥ずかしがることなく笑顔で話す千晴。


「彼女とかは? 何人くらい付き合ったの?」


「今はいないよ。付き合ったのは二人かな」


「おお!」


 中学時代を思い出す。千晴には、彼女がいた。大人しくて目立たない感じだったけど、とても優しい女子だった。


 あの子は今、どこで何をしているんだろう。ふと彼女の顔を思い出した時だった。突然、どこからともなく、心に穴が空いたような、そんな虚しい気持ちを覚えた。

 

 どうも俺に恋話は合わないらしい。自分が恋愛をしたことがないからだろうか。よくは分からないが、居心地が悪くなってきた。


「トイレ行ってくるわ」


 ここを一旦離れたくなった俺は、下手くそな笑みを浮かべながら、教室を後にした。

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