移動
〜2020年 5月〜
太陽があり、真っ青な空。
右にすぐ海があり、船が何隻も動かず岸壁に止まっており。
左には遥かに背が高い山々が風に揺られて、木の葉が揺らいでいる。
山と海が視界に一斉に入ってくる場所。
車を走らせ、一本道のみの真っ直ぐな海沿いを走ってく。
緩やかなカーブが多く、車のアクセルを慣れた足で進めてゆく。
車内のスピーカーから景色とここの雰囲気とはそぐわないダンスミュージックが流れ込んでいる。
タバコを吸う為、窓を少し開けると
肌寒いではなく、寒い空気が車内を襲う。
気にせず車を走らせ、ここらでは1番長いトンネルに入る。
これを通るともう、戻れないという感覚があり
苦手意識がある。
別に嫌な思い出がある訳でも無く、
嫌な人がいる訳でもない。
恐らく、見知った景色が苦手なのだろう。
新しい世界観が好きな自分にとって
移り変わりないこの田舎景色が嫌いなのか、
そろそろ、トンネルを抜ける。
まず見えるのは、母親の実家。
茶色の屋根の二階建て、その手前に二筋の道に分かれており、右に行けば港があり真っ直ぐ左に向かえば奥へ行ける。
アイヌ語でここの地名を何と言ったか....
昔に調べた記憶があるが今はもう忘れた。
分かれ道を少し真っ直ぐ進み、
直ぐに母親の実家へ、まずはここへ寄らなければならない。
ウィンカーを右へ、カチカチと音をたてて
車を右に走らせて広めの敷地内に車をゆっくりと動かす。
着いたとて、誰も外には出てこない。
シートベルトを外し、ドアを開け外に出ると、
背筋を伸ばす。
札幌からここまで来るのに、高速で4時間走らせ、そこから公道を2時間半。
運転を余儀なくされた体は疲れ果ててるのが解る。
いつか、見た景色と匂いに包まれて
トランクを開け、お土産と荷物を取り出して、そのまま母親の実家へ。
インターフォンなんて押さず、鍵何て知らないかのような家のドアを開けて、玄関から直ぐの左にあるリビングのドアを開けて、誰が居るのか確認する。
誰も居ないのでそのまま上り、
目の前の階段を過ぎて右にあるドアを開ける。
そこには広めの仏間があり、太陽も入らない暗い部屋の仏壇前に座る。
何年ぶりかの、仏壇。
久々に見たじいちゃんの遺影とばぁちゃんの遺影がドアの直ぐ上の壁に飾られてる。
昔から、この仏間は安心感がある。
暗い仏間と言えば、小さい子だと恐怖に感じるのが普通だと思うが、俺は1番安心出来る場所。
昼寝も、一人で遊ぶのも、この仏間。
シャボン玉に入って浮いてて、絶対破れないという不思議な安心感。
視線を感じるけども暖かく、優しく頬を包んでくれてる感じが堪らなく好きであり、世界で最も安心出来る場所。
罪悪感など感じても、ココでは総てが綺麗に洗われる気がする。
運転の疲れなど吹っ飛ぶくらいの落ち着く自分が、
やっぱりこの空間が好きな事を心の底から思う。
線香に火を付けて、右手で煽りながら燃え盛る炎を消す。
線香の香りが鼻を覆い、目の前の仏壇を見る。
素直になり、そして、罪を報告する様な。
総てを受け入れてくれる。
母親の実家にはおばちゃん、おじちゃんが居るはずなんだが、
恐らく仕事だろう。
漁師町のここは常々忙しい。
線香供えて、挨拶した後にリビングに行く。
そこには昔から変わらず、じいちゃんの専用席にソファの様な柔らかな椅子がある。
海が直ぐに見える窓辺。
じいちゃんが使用してた望遠鏡がまだあることに少し驚く。
そこに座り、灰皿を借り、また煙草に火を点ける。
窓を開けてじいちゃんが見守ってた海を、
何も音がしないリビングで一人で煙草を吸いながら感じる。
夕方になり、玄関から物音が聞こえる。
じいちゃんの椅子に座り誰が入ってくるのか静かに見守ってると、
従姉妹が入ってきた。
「あれ?きてたの?」
「昼頃に着いたよ」
「あっそうなんだ。」
「そー」
簡単に会話は終わる。
特に仲が良いという事無く、悪いとも無く。
そんな関係だから、会話は元から少ない。
夕方が海の向こうへ消えてく姿を静かに見守りながら、疲れた体を癒してく。
完璧に暗くなった頃に、おじちゃんとおばちゃんが帰ってくる。
「来てたのかい!痩せた?」
おばちゃんは相変わらずの様だ。
無言でこちらを見て直ぐに台所へ向かうおじちゃん。
賄いの魚を台所に置いて来たのだろう。
暫くして、部屋着に着替えてリビングの方へ戻ってきた。
「大変だったな」
「うん。」
一言言って黙る。
おじちゃんと仲が悪い訳ではない。
ただ、喋らない人。
おじちゃんはそういう人であるのは小さな頃から分かってる。
酔っても喋らない、頑固なジジイのイメージがついてる。
おばちゃんはずっと喋ってる、
相手が返事しなくても喋る。
口が先に形成されたのではないのか?と思う程、
ずっと話し続ける。
相変わらずで何より。
「いやー、だけども、こんな時期にね。
死ぬなんて、皆んなビックリするよね!
お前もわざわざ呼ばれて大変だなぁ!!」
軽快に話すその言葉に、こちらも止まってしまう。
まぁ、元から話しは聞いてないけども。
今回戻って来たのは、親友の死。
死因とか、何も知らずに。
ただ、ただ死んだと聞いて車を走らせて来た。
何も知らない。
彼に何があったのか。
「自殺?事故?」
冷静で静かに聞く自分が
親友の死を受け入れて無い。
「いや、分からない」
分からない?
なんで?
疑問が残る返事に少し不機嫌になる。
「そこは誰も知らないのさ、ただ死んだって聞いた」
誰も知らない訳ないだろと心の中で悪態ついてたら、
「あそこのカァさんとかも誰も死体を見てないんだって!見つけたのが、妹でさ!
その後は妹も喋らないし、警察も死体を見えない様にしてんだってさ!!」
そこまで聞いて、おばちゃんの話しは聞かなかった。
嫌な噂話しばかりで、早速さと寝どころへ向かった。
朝一から、おかずだけは準備されてた。
白米を茶碗に盛って、まだ寝ぼけた状態で懐かしい魚の味を噛みしめる。
おじちゃんやおばちゃんはもう既に居ない。
夜になれば通夜があるので、そこで会えるであろう。
友達として、先に行って葬儀の準備を手伝いに行くかと腰を上げて、喪服に着替える。
田舎特有の葬儀の時は、町内全体の行事。
皆んな手伝いに行き、皆んなで葬儀を行う。
そこで行われるのは、葬儀とは別の
噂話しと自慢話の交差する場でもある。
友人の顔を見たい半分、
噂話しのタネとなってるはずの俺は行きたくない気持ちもある。
車で行くと駐車する所がない為、
歩いて行く。
ここから歩いて、20分ほど。
何年かぶりの風景を見ながら、歩いてく。
橋を渡ったり、鬼ごっこした港や喧嘩したポスト前。
色々思い出しながら、歩いてく。
海の潮の匂いと山の緑の匂いが合わさり、
小さな頃に戻る。
皆んなで遊んだ際の別れ際は、
今日、永遠の別れを告げる
——君が
「みんなで かえりましょ アーメン」
と拝む手をし、右手をチョップする様に振り下げて変顔して別れて、また明日会うというルーティン。
今日からはもう聞くことが出来ない。
寂しさが総てをさらってく気がする。
そろそろ、家に着く頃だが相変わらずの大きな家を見た瞬間に俺は。
俺は何か忘れてる事があると気付いた。
断片的で何を忘れてたのか。
忘れてはいけない何か。
たしか——君が...。
いや、誰に何を言われた?
忘れてはいけない約束のはず、ダッタハズ。