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霧の湖に沈める  作者: 水沢ながる
3/5

 それぞれの部屋に荷物を置いて、僕らは早速カメラを手に外に出た。昼間は霧は出ないが、それでも自然の美しい景色や、侘び寂びを感じる冬枯れの景色がいくらでもある。今年は今までにない程の暖冬だとかで、外にいてもそんなに寒くないのが幸いだった。

 大江君は他の人達のモデルもこころよく引き受けてくれた。さすがにイケメンはどんな風景の中にいても絵になる。舞台をやってるからか、自分の見せ方を心得てるんだな、きっと。

 最初女性陣の一部は大江君をちやほやしていたが、大江君の「ここはいい所ですね、今度は彼女と一緒に来たいと思います」の一言で見事玉砕した。ちなみに母校が同じだった森口さんによると、大江君に相思相愛の彼女がいることは近隣の女子は皆知っているのだとか。

 その後大江君は男子連中にカメラの機材のことなどを訊いたりして、あっという間に仲良くなっていた。人の懐に入り込むのが得意なようだ。

 小園さんは自分の写真を撮るかたわら、男性陣に温かい飲み物を配ったりしていた。「小園さん、よく気がつくなー」と男性陣から声が上がる。

「なあ、長谷川」

 いつの間にか、後ろに中津が来ていた。またしても肩を組まれる。

「小園って、いいよな」

「……そうですね」

「ああいう女の子とサシで呑めたら、いいよなあ」

「……今すぐには無理でしょう」

「セッティング、頼むわ。長谷川」

 言うだけ言って中津はまた去って行き、マコをからかっていたりする。やれやれ、勝手な人だ。僕は思わずため息をついた。


 夕食が終わり、誰が言い出したのか女子達は大野先輩の部屋に集まり、小園さんの歓迎会を兼ねた女子会をしよう、ということになった。女子だけでぐだぐだやりたいということで、男子禁制だ。

 呑みに誘いに来た男子達にそう説明すると、あからさまにがっかりした顔をされた。

「仕方ねーな、男は男だけで呑むか」

「どこで呑む? 一階のバーとか」

「中津さんは誘わないんですか?」

 大江君が訊いた。

「あー、中津さんは来ないと思うよ。あの人、女子がいないと顔出さないから」

「サシ呑みなんか、男とは絶対しないからなー」

「ああ……そういえば夕食の時も、両側に小園さんと森口さん座らせてましたね」

「そう、女好きなんだ。──じゃあ、バー行こうか。佐藤も来るか?」

 バーに行くメンバーを見送ってから、僕は自分の部屋に戻った。……さて、着替えでもするか。


     ◇


 その頃中津則行は、自室で人を待っていた。お目当ての小園七海ではないものの、楽しい夜になりそうだとにやついている。

 中津は尻ポケットから自分の手帳を出し、一番新しいページを開いた。

 「11時、Sと会う」。そこにはそう記されていた。


     ◇


 夜の間に霧が出て、目が覚めたら白い朝になっていた。

 霧の景色を撮ろうとカメラを手に外に出たら、赤いランプが見えた。パトカーが何台も湖畔に停まっている。

 思いがけずそこに大江君がいたのが見えた。彼はジャージ姿で立っていて、警官が行き交ったりホテルの人が話を聞かれたりしているのをじっと見ていた。

「大江君、どうしたの?」

「ああ、長谷川さん。朝のトレーニングをしてたんですけど、……なんか、湖に人が浮かんでて」

「人が?」

「どうもね、それが中津さんみたいなんですよ」

「えっ……」

 僕は急に不安な気持ちになって大江君を見た。彼の美しい横顔は、霧と相まってどこか現実離れして見えた。


 果たして、湖で死んでいたのは中津だった。警察が中津の遺体や持ち物を調べたところ、違法すれすれの薬物が発見された。

 何でも、その薬を酒と一緒に飲むと、いわゆるラリった状態になるのだという。中津はこれを飲んで酔った挙げ句、湖を見に行って誤って落ちた。泳げなかった中津はそのまま溺れ死んだ──と思われた。

「どなたか、中津さんがこの薬を持っていたり、使っているのを見たことがある方はいらっしゃいますか?」

 警官が僕らに質問する。男子が首をかしげる中、口火を切ったのは大野先輩だった。

「私、見たことあるかも。中津さんが、何か錠剤みたいなのをお酒に入れてるとこ」

「私も、ちらっとだけど見た気がします」

「こっそり入れてたよねー」

 山本先輩や多田先輩も。

 結局、中津の死は事故だろうということになった。旅行は中止となり、明日にはホテルを出て帰ることに決まった。

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