序
目が覚めたら、辺りは真っ白だった。
ここは一体何処だ……確か俺は、自分の部屋であの女と呑んでいた筈だ。
頭がくらくらする。悪酔いするような呑み方ではなかったと思うんだが……。考えようとしても、考えがまとまらない。
肌寒さに、思わず震えた。昼間は暖冬で秋口並みの気温だったが、日が沈むと流石に寒い。とにかく部屋に戻ろうと身を起こした途端──ぐらり、と床が傾いた。
水中に投げ出される。視界の隅にひっくり返ったボートが見えた。今まであの上にいたのか。俺は水の中でもがいた。
もともと、泳ぎは苦手だった。それに加え、着ている服が水を吸って重くなり、まとわり付いて来る。冷たい水は確実に体温を奪って行く。水は鼻や口から容赦なく入り込んで来た。息が出来ない。
助けを呼ぼうとしても、水のせいで口からはごぼごぼいう音しか出ない。
やがて、俺の体力も限界を迎えた。冷たい水に浸かっていたせいで、手足の感覚もなくなっって来た。
……くそ、あの女、俺をハメやがったな。最初からこうするつもりだったのか。
女なんて、男を気持ち良くする為の存在じゃないか。それがなんで俺を。おまえだって、俺の下で泣いて悦んでたじゃないか。
女のくせに。
女のくせに。
女のくせに。
……。
◇
ありとあらゆる悪口雑言を並べ立てつつ、しかし彼はそのどれ一つとして言葉に出すことも出来ないまま、冷たい湖に沈んで行った。
彼女はそれを冷ややかに見つめ、彼が沈んだのを見届けてから立ち去った。
後悔など、ある筈もなかった。




