第9話 錬金術師は世間話に花を咲かせる
所長の運転する車が発進する。
敷地の境界となる門を抜けて、研究所から離れていく。
車は荒野の只中を走行し始めた。
舗装された道を軽快に進む。
後ろの席に腰かける私は、外の景色を眺めながら呟く。
「悪くない乗り心地だ」
「さ、左様でございますか……」
運転席の所長は緊張した声音で応じる。
時折、バックミラーで私のことを確認していた。
ちょっとした動きにも肩を跳ねさせている。
全神経を集中させているのが見て取れた。
その姿を愉快に思っていると、急に車体が揺れた。
どうやら車輪が道路から外れたらしい。
剥き出しの地面を走ったせいで振動が酷くなった。
所長は慌てて車体を道に戻す。
かなり焦っている様子だ。
しきりに私の機嫌を見極めようとしていた。
私はそんな所長に忠告。
「気を付けたまえ。前をよく見た方がいい――私など無視してね」
「ひっ」
所長が短い悲鳴を洩らす。
彼は呼吸を乱しながら運転に没頭する。
道なりに走ることだけを考えている。
軽い冗談のつもりだったが、真に受けてしまったらしい。
私は彼の背に質問を投げた。
「城まではどれくらいで着くのかな」
「それほど時間はかかりません。どれだけ道が渋滞しても、昼前には到着するでしょう」
「なるほど」
私は鷹揚に頷く。
話はそこで途切れた。
車内では、所長の荒い呼吸音だけが繰り返されていた。
変わり映えのない荒野から視線を外して、私は所長に問いかける。
「君は何をそんなに心配しているのかな。私がそんなに恐ろしい存在かね?」
「い、いや、そのようなことは……」
所長は言葉を濁す。
私の指摘は図星だったらしい。
ぴたりと言い当てられたことで、咄嗟に誤魔化せなかったようだ。
私は苦笑交じりに補足する。
「昔から恐怖されることには慣れている。遠慮しなくていいさ」
「も、申し訳ありません」
所長は汗を垂らして謝罪すると、それ以降は押し黙ってしまう。
隠し切れない恐怖がそこにあった。
そろそろ順応してほしいものだが、まだまだ期待できそうにない。
私としては、人類を愛するのも目的の一つだった。
いつまでも怖がらせたくはない。
ここは世間話で、意思疎通を図ろうと思う。
「君達は私を研究対象にしていたが、何か判明したのかね」
「あなたが古代の魔術師であること……それだけしか分かっていません」
「そうか。気が向いたら昔話でも聞かせてあげよう。暇潰しにはなるはずだよ」
「ありがとうございます。とても、光栄です」
所長は慇懃な調子で言う。
一向に親しみが感じられなかった。
(私の切り返しが間違っているのだろうか?)
生憎と話術にはそれほど自信がない。
そもそも、上達させようと考えたことがなかった
これは意外と難しい。
練習してみる価値はあるかもしれない。
新たな課題を見つけたところで、私はふと思考を中断した。
平坦な口調で所長に話しかける。
「ところでゴレナロー君」
「グレゴリーですが、何でしょうか」
所長はバックミラーで私を一瞥する。
その目に不安が過ぎっていた。
私は右方向の空を指差しながら尋ねた。
「この国では、爆発物を撃ち込んでくるのが挨拶なのかね」
「えっ……?」
所長が困惑する。
その視線が窓の外に向けられて、凍り付く。
空から高速で迫るのは、円筒状のミサイルであった。