第84話 錬金術師は戦果を振り返る
数週間後。
私は女王の私室を訪れた。
そこで執務に励む彼女に挨拶をする。
「やあ、首尾はどうだね」
「上々だ。お主の尽力によって、連合軍は急速に衰えている」
女王は書類から視線を外さずに答える。
片眼鏡を着けた姿はなかなかに凛々しい。
気分も優れている様子だった。
国の行方が定まって安堵しているのだろう。
私が教皇を倒したことで、聖教国はすぐに全面降伏を宣言した。
地位を継いで報復に出るような器の者はいなかった。
たとえそのような人間が出現したとしても、私に瞬殺されていただろう。
潔く降伏を認めたのは、実に懸命な判断だと思う。
ちなみに聖教国の人々は、私のことを神格と見なしているらしい。
私利私欲のために権力を悪用した教皇を罰したのだと解釈しているそうだ。
よりによって神と間違えられるとは、あまりにも酷い誤解である。
以前の私なら否定のメッセージとして、聖教国の六割ほどを削り取って異空間に捨てたかもしれない。
しかし、現代の私は精神的に成長した。
彼らの誤解を黙認し、それで事態が丸く収まるのなら我慢しようというスタンスだ。
昔の私を知る者なら仰天しているに違いない。
人類を愛するように提案した賢者に自慢してやりたかった。
聖教国の降伏を受けて、連合軍に加入する周辺諸国も次々と離散した。
無関係とばかりに、王国と友好的な条約を結ぼうとしている。
なんとも無様な立ち回りだが、女王から攻撃しないように厳命されていた。
そのため私は傍観に徹している。
許可を貰えれば、見せしめに何か国か滅ぼしたいと考えていた。
余談だが、大陸各地に派遣された使徒は神界へ戻っていた。
私の撒いた劇毒もひとまず沈静化し、神界の崩壊は免れている。
教皇に加担して、余計なことをしてくれた罰だ。
当分は悪さもできないだろう。
「おめでとう。これで王国の未来は安泰だろう」
「……うむ」
女王は何か言いたげだが、それを口に出すことはない。
私は、彼女の姿を微笑ましく思いながら称賛の言葉を送る。
「最高神すら捻り潰す男を相手に、君は勝利を掴んだのだ。惜しげもなく誇りたまえ。未来永劫、君の勇姿を語り継いでいこう」
何十億年だろうと色褪せない快挙だ。
私に鮮烈な気持ちを与えてくれた。
あれほど見事な敗北は滅多に味わえるものではない。
女王には何度感謝しても足りないほどであった。




