第83話 錬金術師は帰還する
「さて……」
私は晴れ晴れとした気分で首を回す。
そして、虚無で構成された別次元の身体を改竄した。
端からめくれ上がるように変質し、あっという間に平常時の肉体へと戻る。
スーツもいつもと同じものだ。
虚無の形態は教皇のために用意した。
使うべき相手も死んだのだから、無敵の存在は不要だろう。
(次に使用するのは果たしていつになるのか)
願わくば数億年ほど先になることを祈っている。
この形態を使った勝利は、何も面白くない。
ただ、私がこれに頼らざるを得ない状況には興味があった。
それだけ追い詰められているということだ。
実に素晴らしい体験だろう。
教皇のような人物との戦いなら、また発動してもいいと思う。
私は呆然とする所長のもとへ向かった。
彼は大口を開けて私を凝視している。
顎が外れているのか心配になって解析するも、何の異常も見られなかった。
極度の驚きが、精神の許容量を超過してしまったようだ。
臆病者だと笑いたくなるが、此度の戦いはなかなかに壮絶であった。
超常的なやり取りの連続だった。
その中で所長は気を失わず、目撃者としての役割を全うしたのだ。
褒め称えるべき仕事ぶりである。
彼との付き合いもそれなりに長くなってきた。
多少は耐性が付いてきたのかもしれない。
私は笑顔で所長の肩に手を置いた。
「見物ご苦労。私の勇姿はどうだったかな?」
「あ、その、まあ……ええと、すごかったです……」
所長は恐る恐る答える。
何の深みもない平凡な感想だ。
だからこそ、彼の率直な心境が窺える。
総じて良い返答であった。
所長は胸を撫でながら深呼吸し、自発的に心を落ち着かせる。
彼は緊張を滲ませる声音で私に確認した。
「これで戦いは終わるのですか?」
「最強の駒が死んだのだ。近日中に連合軍は降伏するだろう」
連合軍はまだ健在だが、発案者である教皇が死亡した。
聖教国も首都が壊滅状態で、実質的に私が占拠しているようなものだった。
遠からず戦争は瓦解するだろう。
周辺諸国がまだ立て直そうとするなら、私が徹底的に叩き潰してもいい。
メインディッシュを貰ってひとまず満足できた。
教皇との殺し合いを体験してしまうと、大半の戦闘に物足りなさを感じてしまう。
当分は安穏に過ごしても良いと思えるほどである。
「さて、我々の仕事は終わった。一足先に祝杯でも上げようじゃないか」
私は所長を促しながら部屋を出る。
こうして素晴らしき戦争は、ひとまず終息に向かい始めたのであった。




