第82話 錬金術師は終息させる
法則を乱す衝撃波が教皇に直撃した。
荒れ狂う爆風が生まれて、室内を蹂躙していく。
弾みで時間停止も解除された。
何もかもが吹き飛ばされる中、無傷の所長が怯えていた。
彼の保護は継続している。
室内全域が破滅的な被害を受けている一方で、所長だけは無事だった。
暴風が止んだ頃、教皇は半壊した部屋の端に倒れていた。
むくりと起き上がった彼は全身血みどろで、皮膚が剥がれ落ちて焼け爛れている。
もはや元の人相が判別不可能だった。
ただし、潰れて濁った双眸が私をしっかりと捉えている。
それに気付いた私は感心する。
「ほう、まだ生きているのか」
「そう簡単には、死なぬ……」
顔の裂け目から空気が漏れると同時に、くぐもった声がした。
なんとまだ意識が残っているらしい。
言うまでもないが教皇は瀕死である。
全身の肉が蠢いて、癒着と崩壊を繰り返していた。
再生能力が限界を迎えたのだ。
ダメージが大きすぎることに加えて、世界の修正力に蝕まれている。
それによって肉体の再構成が困難となっていた。
不可逆の損傷が蓄積しており、こうしてまだ生きているのが奇跡に近い。
本来なら塵も残さずに消えているはずなのだ。
何らかの権能で咄嗟に防御したのだろうが、さすがと言う他ない。
ふらついた教皇が、片手を床について転倒を免れた。
しかし、支えとなった腕が半ばほどで折れる。
沈黙する教皇は、血反吐を垂らしながらぼやく。
「すべて、が貴様の……娯楽に過ぎぬ、のか……」
「否定できないな。実に的確な考察だ」
現在の私は、平常時とは根本的に異なる変貌を遂げている。
誇張でも何でもなく、無敵の存在だろう。
この形態はあまり使いたくない。
発動にあたってデメリットがあるわけではなく、何も消耗しない。
そして弱点がない。
いや、それこそが最大の弱点だろう。
完全無欠すぎるのだ。
教皇の言う通り、すべてを娯楽に帰す力がある。
故につまらない。
この力で掴む勝利など何も面白くない。
今回は教皇の執念に対する感謝を込めて披露した。
それが誠意だと思ったからだ。
「君はもうすぐ死ぬ。何か言いたいことはあるかね」
私が問うと、教皇は思案する。
そして彼は口を開いた。
「――地獄で待っている」
「ははは、最高神とは思えない言葉だな」
私は心底から笑う。
その時、教皇が倒れた。
極限の負荷を抱えた魂が破裂して消える。
教皇は記憶と能力を引き継いで転生してきた。
今回は何の痕跡も残さずに消滅した。
さすがにもう復活できないだろう。
念のために死体を隔離して圧縮していく。
死体は不可視の力に押し潰されて小さくなり、やがて完全に見えなくなった。




