第80話 錬金術師は舞い戻る
次元の裂け目を越えると、教皇のいた部屋に辿り着いた。
人工的な明かりが眩しい。
少しだけ懐かしく感じるのは、ある種の錯覚だろう。
私は身を乗り出して辺りを見回す。
少し離れた所にて、教皇が冷徹な様子で勝ち誇っていた。
「そのまま次元の塵となって死ね。二度と世界に戻ってくるな」
教皇が虚空に向けて罵倒する。
次元に封じられた際に聞いた言葉だ。
それをここで再び耳にするのは不自然である。
教皇が同じ台詞を繰り返したとは考えにくい。
どうやら時間軸が歪んでいるらしかった。
少し巻き戻ってしまったようだ。
もっとも、誤差の範囲なので気にすることはない。
「ル、ルドルフ様……」
教皇の背後では、所長が崩れ落ちていた。
死人のように顔色が悪く、全身が小刻みに震えている。
所長はよく分からない呻き声を洩らしていた。
彼の姿は強い絶望を主張している。
それを目撃した私は密かに歓喜した。
見逃したと思った所長の反応を確認できたのだ。
とても満足している。
意図的ではなかったとは言え、時間が巻き戻ってくれて感謝せざるを得ない。
(さらに驚かせてやろう)
私はわざと足音を鳴らして室内に着地した。
二人の視線がこちらに向いたので、朗らかな調子で手を振る。
「すまないね。戻ってきてしまったよ」
「ああ……あああああ!」
所長が涙を浮かべて驚愕する。
そこには確かな喜びが垣間見えた。
姿が大きく変貌しているが、私であることは伝わったらしい。
教皇は血走った目をしていた。
歯を剥き出しにして激怒する彼は、左右の拳を握りしめて叫ぶ。
「貴様……ッ!」
直後、世界から音が消失した。
空間のあらゆる動きが止まっている。
まるで一瞬で冷凍されたかのようだった。
号泣する所長は、石と見紛わんばかりに固まっている。
窓の外に意識を向けるが、何も聞こえない。
熾烈な殺し合いが起きているはずなのに、不気味なほどに静かだ。
きっと所長と同じく固まっているのだろう。
そのような異常状態の中、教皇だけが平然と行動していた。
勝ち誇った様子でこちらへ歩み寄ってくる。
(時間停止を発動したな)
これが教皇の特殊能力だ。
神でありながら法則を改竄し、自分以外のすべてを止める絶技である。
反則的なパワーだった。
正真正銘、最強クラスの能力と言えよう。
これがあれば、どのような存在だろうと抹殺できる――私を除いては。
「静かすぎて退屈だな。あまり良いものではない」
私は盛大にため息を吐いた。
肩をすくめて評すると、余裕ぶっていた教皇が歩みを止めた。
彼は怒気を露わに吼える。
「なぜ動ける!? 時間は既に止めているはずだ!」
「逆に訊くが、虚無に時間の概念が通用すると思うかね」
この身体は別次元の世界を人型に仕立て上げたものだ。
あらゆる法則が歪み切っており、私のアレンジも多数採用している。
物理攻撃はおろか、あらゆる干渉を受けない。
教皇は最強の能力者だが、私は無敵だった。
「認めよう。君は神格の中でも最上級の強さだ。人間に転生することで、限界を超越している。しかし、それでも私には敵わない」
「貴様ァ……ッ!」
教皇が光剣を構えて、神のオーラを全開にする。
彼は絶望していない。
まだ戦う気のようだった。
(素晴らしい根性だ)
奥の手が効かないと理解しながら、それでも諦めていない。
彼の不屈の精神には、ときびりの称賛を送りたかった。
私は両手を緩く広げると、同時に指を鳴らした。
高揚する気分のままに宣言する。
「これが本当の最終決戦だ。全力を見せたまえ」




