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第78話 錬金術師は追放される

 少なからず感心しつつ、私は光剣を持つ教皇と対峙する。

 あと何歩か進めば、握手できそうな距離だった。

 非常に近い間合いである。


 そこから私は、教皇から視線をずらした。

 手を打ち鳴らすと、内心を隠さずに発言する。


「聞いたかね、ガラガラー君。教皇は最高神だったそうだよ」


「えっ」


 話を振った相手――すなわち所長は、部屋の出入り口付近にいた。

 彼は半開きの扉に掴まっている。

 いつでも出られるようにしているようだ。


 逃げ出さないのは、自らの役目を理解しているからだろう。

 最終決戦を目撃しなければならないと分かっている。

 だから逃亡する寸前で留まっていた。


 名前の呼び間違えを訂正してほしかったが、所長はそれどころではないらしい。

 彫像のように固まっており、何も言おうとしない。

 困惑と混乱と恐怖と焦燥。

 すべてが混ぜ合わさって、彼の思考を停滞させていた。


 私は所長の様子を愉快に思いながら尋ねる。


「どうかしたのかね」


「いや、その……ここで私に意見を求めるのですか?」


「君以外に誰がいる? 教皇に訊けとでも言うのかな。それはさすがに不真面目すぎるよ」


 ため息を吐きながら応えると、光剣が私の喉元に突き付けられた。

 憤怒を発露した教皇が唸るような声音で言う。


「貴様が真面目だった時などないだろう。常にふざけている。存在も何もかも、だ」


「適度に肩の力を抜いた方がいい。君は少し考え過ぎだと思うがね」


 私は気軽な調子で返す。


 それに対する答えは、強烈な衝撃波だった。

 私は部屋の奥まで吹き飛ばされる。

 反動で全身の骨が粉々になり、鮮血を噴き出しながら宙を舞った。

 私は一瞬で肉塊のようになってしまった。


 これは時間停止のせいではない。

 純粋な衝撃波の威力である。


(挑発に弱い男だな……)


 呆れながら私は床に着地しようとする。


 その時、視界が唐突に切り替わった。

 辺りが真の闇に包まれた。


 五感からは何も感じられず、自分の姿も見えない。

 認識もまともにできなかった。

 ただ肉体が融解し、蒸発していることだけは理解できた。

 端から消滅していく感覚を辛うじて捉えられたのだ。


 異常な空間に放り出された私は解析を行う。

 結果、ここが別の次元であることが発覚した。

 どうやら時間停止中に送り込まれたらしい。


(やってくれるじゃないか)


 実に合理的な手段であった。

 相手を確殺できるコンボだろう。


 ここへ私を封じ込めるために、教皇は時間停止の能力を活用したのだ。

 一連の戦いで私の能力を入念に把握し、成功させられるパターンを模索していたらしい。


『そこには物体が存在しない。物質の体積を奪って再生する貴様は、極めて無力というわけだ』


 考察を進めていると、脳内で教皇の声がした。

 物理的な音声ではない。

 次元の向こうから声を届けているようだ。


 そして教皇が次元の裂け目を使った理由が判明した。

 私の再生能力の特徴から、弱点を逆算していたのである。

 故に再生するための材料が存在しない場所を選んだ。


『そのまま次元の塵となって死ね。二度と世界に戻ってくるな』


 冷たい罵倒を最後に、教皇の声は聞こえなくなった。

 すべてを知覚できない闇の中に私は放置される。

 その中で胸に抱いたのは、教皇に対する尊敬の念であった。


(見事な手際だな)


 用意周到だとは思っていたが、まさかここまでとは。

 所詮、憎悪に駆られただけの男だと思っていたというのに、本当に私を殺すための手段を確立してしまった。


 非常に面白い。

 どこで戦ったかも憶えていないが、殺さなくて良かったと心底から安堵している。

 彼のおかげでこのような体験をできたのだ。

 とても刺激的で、退屈な気分を払拭してくれる素晴らしいひと時であった。


(これは、相応の返礼をしなければならない)


 私は決意する。


 次元の裂け目を生み出して世界に戻り、教皇を瞬殺するのは簡単だ。

 赤子を泣かせるより楽な作業である。

 しかし、それはあまりにも無粋だった。


 教皇は長き時を私のために費やした。

 彼の努力に見合うだけの体験を与えるべきだろう。


 ――だから、私の本性を少しばかり解禁しようと思う。

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