第77話 錬金術師は評価を改める
そのことに気付いたのは、戦いの序盤だった。
教皇は瞬間移動し、私を連続で斬り付けて攻撃してきた。
最初はただの高速移動や転移かと思ったが、すぐに違和感を覚えた。
私は空間の揺らぎを念入りに解析した。
結果、教皇が時間の流れを無視して行動していることが判明したのだ。
過程を飛ばした攻撃は、時間停止が為せる技だったのである。
「…………」
指摘を受けた教皇は沈黙していた。
やがて彼は小さな笑いを洩らす。
それは次第に高らかな嘲笑へと変貌した。
「そうだ! 私は時間を停止させることができる。世界の法則を破ったのだァッ!」
元来、神は世界に囚われている。
滅多なことでは法則に逆らえない。
彼らの力は、常識の延長線にあった。
物理法則の究極系なのだ。
全知全能に思えるが、実際はルールに従って存在し発現する。
故に時間停止はかなりの偉業であった。
特殊能力の中でもトップクラスに珍しい。
だから教皇は誇らしげにしている。
能力の正体を暴かれながらも余裕を崩さない。
いや、余計に増長している節さえあった。
私に披露したくて堪らなかったのだろう。
勝利を確信した顔から、その内心が窺える。
教皇は片手でローブの襟を掴むと、斜めに引っ張って生地を引き裂いた。
彼の上半身が部分的に露わになる。
色白の素肌には、無数の傷跡が刻み込まれていた。
裂傷や火傷、無理やり繋ぎ合わせたような痕跡もある。
それらが壮絶な経験を物語っていた。
教皇は無数の傷を撫でながら述べる。
「貴様に付けられた痕だ。神だった時にな」
「ほほう。転生しても消えなかったか。それは難儀だね」
私と教皇は戦ったことがあるらしい。
敵対した神格は基本的に消滅するので、後遺症の類は聞いたことがなかった。
長き時を経ても、こうして傷が残ってしまうようだ。
人間になっても消えないとは意外である。
別にそのような意図で攻撃したことはない。
魂の損傷ならともかく、転生後の肉体に傷が移るのは不可解だ。
よほどトリッキーなダメージでない限りはありえない。
教皇の執念が傷を残しているのではないかと思うが、あえて指摘するようなことはしない。
彼も本心では薄々分かっているだろう。
復讐心で誤魔化しているだけだ。
私という存在は、彼にとってトラウマなのだろう。
だから異様なまでに執着し、乗り越えるために自らを強化している。
そして最終段階として、直接対決に持ち込んだ。
(神も捨てたものではなかったか)
私は愉悦を覚える。
これは軽蔑していた神格を再評価せざるを得ない。
元神である教皇は素晴らしい逸材であった。




