第71話 錬金術師は教皇と対峙する
扉の先には豪華な部屋があった。
室内は白と金を基調とした装飾で揃えられている。
部屋の奥には、映像越しに見た教皇がいた。
彼は絨毯の上に静かに佇んでいる。
「ふむ」
私は室内各所に視線を巡らせる。
他に誰もいない。
念入りに感知するも、隠れているということもなかった。
ちなみに教皇は紛れもなく人間だ。
ただし、内包するオーラはやはり神格のそれであった。
しかも上位の神だ。
他者に権能を分け与えたり、使徒を生み出せるほどの力を秘めている。
「ひっ」
後ろにいる所長が引き攣った悲鳴を上げた。
彼はまたもや腰を抜かして倒れ込む。
見れば顔色が死人のように悪くなっていた。
血の気が引いて気絶寸前だ。
口の端から涎を垂らしている。
神を目の当たりにしたことでショックを受けたらしい。
存在の格差が要因だろう。
神格由来のオーラを本能的に感じ取ってしまったのだ。
もっとも、これでも軽症と言えよう。
教皇が人間の形を取っているので、これだけで済んでいる。
もし神の本来の姿を直視すれば、間違いなく発狂死していたに違いない。
神格は人間の理解の範疇を超えている。
そのような存在を目にするなど自殺行為に等しかった。
だから英雄譚に登場するような神々は、都合よく姿形を偽っている。
彼らの本性は、形容し難い異形ばかりであった。
美醜を議論する以前の問題だろう。
私は涙を流す所長を一瞥すると、彼の肩に手を置いて嘆息する。
「しっかりしたまえ。相手はただの神だよ」
所長の顔の前で指を鳴らす。
すると彼は、我に返って涙を止めた。
続いて教皇を注視する。
今度はパニックに陥らない。
指を鳴らした瞬間、所長の感覚器官にフィルターを施したのだ。
神を対象とする認識力を極限まで落とした。
分かりやすく言うと、勘が鈍くなったのである。
だから神格のオーラを感じられず、本能的な恐怖が霧散した。
その場しのぎの一時的な処置に過ぎないが、これくらいで十分だろう。
呆然とする所長を差し置いて、私は教皇に挨拶する。
「やあ、ようやく会えたね」
「原初の錬金術師……」
教皇が憎しみを込めた声音で言う。
目付きも鋭い。
今にも噛み付いてきそうな気迫があった。
私はそれを意に介さずに葉巻を取り出した。
口にくわえた瞬間、先端が破裂する。
教皇の能力だ。
視線が物理的な破壊現象を起こしたのである。
私は仕方なく葉巻を投げ捨てると、両手を広げて話題を切り出した。
「君が用意した策はどれも面白かったよ。たっぷりと楽しませてもらった」
「貴様、自分が何をしたのか分かっているのか?」
「分からないな。はっきり言いたまえ」
私が飄々と返すと、教皇の双眸がより一層の鋭さを見せた。
「神界だ。なぜ毒を放った」
「愚問だな。君との癒着が酷くて、少し鬱陶しくなったのだよ。まあ、紙一重で滅びはしないだろう」
どうせ上位の神々が尽力し、神界の滅亡を回避できるように手配する。
私も全力ではなかった。
彼らの力で解決できるはずだろう。
それにしても、教皇が神界の心配をするとは意外だ。
協力体制を図っておきながら、攻撃されないとでも思っていたのだろうか。
なんとも理解に苦しむ。
私はため息を押し殺して腕を組んだ。
そして身構える教皇に問いかける。
「ところで君は誰だね。以前から私を知っているようだが」
「どうせ貴様は憶えていまい。答えるだけ無駄だ」
「否定できないな。神の名を記憶するほど暇ではないのだよ」
教皇の言う通りだった。
正体や事情を聞いたところで、明日まで憶えていられるか怪しいところだ。
始末すべき首謀者であるのは分かっている。
わざわざ聞き出すまでもない。
ほんの少しだけ興味があるも、しつこく尋ねるほどではなかった。
思考を切り替えた私は、微笑を湛えながら教皇に告げる。
「復讐したいのだろう? 全存在をかけて遠慮なく挑みたまえ」
「――貴様の考えは、もうよく分かった。自らの驕りを後悔しながら死ぬがいい」
教皇が憤怒を抱えて唸る。
次の瞬間、神格のオーラを全開に発散した。




