第67話 錬金術師は決意する
他人事で女王を憐れんでいると、彼女は書類を脇に退けて切り出した。
「ところで、お主は戦争をどう終わらせるつもりなのだ?」
「ふむ、そういえば考えていなかったな」
指摘されて初めて気付く。
陣取り合戦を満喫することばかり優先して、終着点まで想定していなかった。
我ながら迂闊である。
思ったより浮かれているらしい。
まあ、それも仕方ないだろう。
このようなイベントは滅多に体験できるものではない。
舞い上がってしまうのも当然の反応だと思う。
私は端末経由で聞いた教皇の話を思い出して女王に告げる。
「勝利条件は教皇の殺害と聞いているよ」
「知っている。では、いつ殺害するのだ」
「もう少し戦争を楽しんでからにしようと思っている」
そのためにこうして能力を制限している。
教皇は制限無しで戦っているようだが、私がそれに倣うともれなく世界が滅ぶことになる。
楽しむも何もあったものではない。
頃合いを見て教皇に挑むつもりだが、まだその時ではないと考えていた。
私の意見を受けて、女王は苦い顔を作る。
そして、小さくため息を吐いた。
「お主の意向は理解できるが、王国の損耗が激しい。できれば早急に片付けてほしいのだが」
「そうか……」
私は顎を撫でつつ思案する。
彼女の要望は至極真っ当だった。
負担が増える一方の女王からすれば、さっさと戦争など終わらせたいのだ。
得られるものもあるが、犠牲が大きすぎる。
幕引きできるのなら、それに越したことはないのだろう。
それに教皇の死後も戦争は続く。
こうして大々的に始まってしまったのだ。
首謀者が死んだからと言って、即座に終わるものでもない。
この世界の変化を楽しみ、その過程で育むのが私の目的である。
別に教皇が必須というわけでもなかった。
彼を始末した後、残った戦争を楽しむのも一興だろう。
さらに言うなら、私は女王の配下だ。
その命令に従うのが道理である。
彼女に逆らってまでエゴを貫くとは違う。
取り決めは遵守すべきだろう。
考えのまとまった私はソファから立ち上がった。
葉巻を消滅させながら結論を述べる。
「よし、教皇を始末しよう。少し待っていたまえ」
「……頼むぞ」
どこか安堵した様子の女王が頷いて応えた。
何とか理想の展開へ持っていけて嬉しいようだった。
さっそく私は、事務室で仕事に追われる所長に会いに行った。
私の到来を受けて、所長は困惑する。
どこか不安げなのは、嫌な予感を覚えているからだろう。
「ルドルフ様? ど、どうかされましたか」
「教皇に会いに行く。君も同行したまえ」
私はそう言いながら所長を手招きする。
椅子に座る彼は、室内の事務員に助けを求めようとした。
ところが無関係な事務員達は、電光石火の早業で退室してしまう。
私が立つ扉とは別の箇所から逃げ去ってしまった。
不自然なほどにスムーズだったので、逃走経路を事前に決めているのかもしれない。
取り残された所長は、目の前の書類を抱えて言い訳を口にする。
「私は、その、雑務が色々とありまして……」
「気にすることはない。後回しにすればいいだろう」
私は所長の戯れ言を遮って指を鳴らすと、彼と共に聖教国へ転移した。




