第65話 錬金術師は尖兵を圧倒する
「わ、わわっ……あれは……っ!?」
所長がパニックになって喚く。
彼は腰を抜かして震えていた。
そのまま這いずるようにして室内へ退避する。
一方、私は張ったままの結界を確かめる。
特に破壊されておらず、不備もなく機能しているようだった。
それだというのに、使徒が降臨している。
(またもや私の結界を無視したのか)
戦闘機との一件から、侵入可能な系統を発見したらしい。
彼らは術を調整して強引に乗り込んできたのだ。
仕組みは単純とは言え、実践するのは神々でも難しい方法である。
十中八九、教皇が送り込んできた勢力だろうが、なかなか手練れのようだった。
彼らはこちらの能力を詳細に把握しており、抜け道を突くように動いている。
そうでもしなければ勝てないと知っているのだ。
陣取り合戦は既に始まっていた。
端末が爆発した瞬間、教皇は待機させていた戦力を投入してきたのだろう。
やる気は十分でスタートダッシュも悪くない。
私が感心する中、使徒の軍団がこちらを見ていた。
睨み合いもそこそこに、彼らは一斉に攻撃を開始する。
光の矢や炎の竜巻、水のレーザー、不可視の重力波、果ては呪いなど、様々な特殊能力が襲いかかってきた。
いずれも掠めるだけで致命傷だ。
この脆弱な肉体など簡単に消し飛ばされる。
「まあ、当たることはないが」
私に干渉しようとするそれらを圧縮して手元の引き寄せた。
さらに加工を施し、爪ほどの大きさのエネルギー球に仕立て上げる。
追加で飛んでくる分も残らず軌道を改竄して、球体の養分にしてやった。
すべての攻撃が球体へと吸い込まれていく。
使徒達は驚愕し、顔を見合わせていた。
めげずに攻撃を続ける者もいるが、一つの例外なくエネルギー球に取り込まれている。
非力な私を傷付けられる者は皆無だった。
「無駄だよ」
冷笑する私は、反撃のために両手を合わせる。
その途端、使徒達は上下左右の全方向から圧縮された。
私が空間ごと押し潰しているのだ。
逃げようとした者も座標を固定して阻止して捉えると、抵抗をものともせずに力を加えていく。
圧縮される使徒達が次々と引き裂かれていった。
負荷が極まった空間が軋みながら破損する。
それに伴う余波が城下街を粉砕しそうになったので、私はすぐにパワーを制御した。
圧縮作業の一方で余波をコントロールして内部――つまり使徒達に被害を押し付けていく。
多重の断末魔が大空に反響する。
私はそれを嘲笑いながら、圧縮を強行した。
神々しい彼らの姿が、血みどろの肉団子へと変貌し、さらに薄く伸ばされていく。
やがて使徒達は、羊皮紙ほどの厚さとなった。
彼らは一枚の不気味な壁と化して空中に浮いている。
生命力の高い者は生きているようだが、そこからの復活はできない。
行動するためのエネルギーは常に徴収していた。
私は肉の壁を計十個の手榴弾に加工すると、手元まで転移させる。
残ったエネルギー球については、城の地下にある石像へ送っておいた。
これで向こう百年ほどは、魔力を無駄遣いし続けても湧き続けるだろう。
王都がエネルギー不足で悩まされることはない。
私は引き寄せた手榴弾を所長に投げ渡した。
「使徒を素材にした爆弾だ。ピンチの時に使いたまえ。威力は私が保証しよう」
「あ、ありがとう、ございます……」
所長は恐怖しながら手榴弾を抱える。
そのうち一つが落下するも、影から伸びたクアナの手が掴み取った。
「貸して」
クアナの要望に所長はすぐに従った。
十個の手榴弾は、クアナと共に影の中へ沈み込む。
あのように保管して、いざという時に取り出す算段なのだろう。
所長だと持て余しかねないが、クアナがいれば安心だ。
レイモンドにも分け与えておけば安泰に違いない。
どのような軍隊でも滅ぼせそうだった。
「いいスタートじゃないか。教皇も粋な男だ」
彼は本気で私を殺そうとしていた。
使徒の軍団を使い捨て同然の尖兵にするほどだ。
神界との繋がりも密接で、尚更に潰し甲斐がある。
彼らとの戦いは基本的に退屈だが、今回ばかりは楽しめそうだった。




