第62話 錬金術師は憎まれる
アワードの言葉は、私にとって予想外の内容だった。
私はバルコニーの手すりに持たれながら所長に笑いかける。
「ほほう。そそられる提案じゃないか。そう思わないかね?」
「そ、そうですね……はは」
所長の笑顔が引き攣っている。
胸を押さえているのは、きっと胃痛に襲われているのだろう。
穴が開きそうになっているので、ひとまず応急処置を施しておく。
『内容は単純だ。互いの戦力を使って、互いの命を狙い合う。制限はなく、どんな手段を使っても構わない』
「大盤振る舞いだな。よほど自信があるようだ」
私という存在を相手に、制限を設けないとは面白い。
ただの命知らずではない。
詳細は不明だが、何らかの勝算があるのだろう。
『陣取り合戦の開始は、このメッセージが終了した瞬間からだ。拒否権はない。もっとも、貴様が断るとは思わないが』
「よく分かっているじゃないか。喜んで受けるとも」
私は微笑を湛えて頷く。
教皇はせっかちな性格のようだ。
ただ、こちらとしてもすぐに開始するのは嬉しい。
数日後なんて言われたら、待ち遠しくて落ち着けないところだった。
気分よく次の言葉を待っていると、端末が不意に沈黙した。
十分な間を置いたのちに、教皇は憎悪を隠さずに宣告する。
『貴様は絶対に殺す。余裕ぶっていられるのも今のうちだ。刺客は残らず倒されたが、あれは余興だと思え。悠久の時の中で堆積した驕りを償うがいい』
それを聞いた私は肩をすくめる。
葉巻を吹かしながら苦笑いを浮かべた。
「恐ろしいな。教皇は私を嫌っているらしい」
『嫌いに決まっているだろう。貴様は原罪そのものだ』
即座に教皇が言った。
さらなる罵倒を受けて、私は紫煙を吐きながら止まる。
そして、首を傾げながら感心した。
「録音の声は会話できるものなのか」
「いえ、そのような機能はありません。この音声記録は他の者達と事前に視聴したのですが、そもそも途中から内容が違う気が……」
所長は不審げに端末を弄り始める。
故障と考えているらしいが、おそらくそうではない。
「貸してみたまえ」
私は所長から端末を取り上げると、彼を室内に押し戻した。
所長は何か言いたげだが、それをジェスチャーで阻止する。
答えはすぐに分かる。
いちいち説明するより、彼自身の目で見てもらうのが早いだろう。
私達のやり取りをよそに、端末が締めの言葉を述べる。
『これでメッセージを終了する――では、死ね』
次の瞬間、端末が爆発した。
飛散する爆炎と金属片が、至近距離から私に炸裂する。




