第57話 錬金術師は宣戦布告を受ける
再生機から発せられたのは、他ならぬ私の名前だった。
丁寧にもフルネームである。
散々な罵倒を添えている部分については物申したいが、これはただの録音された声だ。
何を返したところで意味がない。
音声は暫し沈黙を保っていた。
あえて間を置くことで、聞き手に私の名を印象付けているのだろう。
やがてアワードは話を再開する。
『原初の錬金術師を名乗るこの男は、王国の特別軍事顧問に就いている。そうして国を裏から支配しているのだ!』
彼が語ったのは、とんでもない陰謀論であった。
ただ、前半部分が真実であるのが厄介だ。
根拠も何もない内容だが、真実味を帯びているように思えるのは、教皇の話術の賜物だろう。
『神託によって私は知った。太古より生きる錬金術師は神々すらも滅ぼす、と』
アワードの言う通りである。
確かに私は昔から神格を殺してきた。
彼らとは基本的に折が合わず、根本から価値観がずれている。
何度となく争ってきたが、ただの一度の例外もなく私が勝利してきた。
今度も様々な神を始末していくに違いない。
『既に王国の守護神を抹殺し、女王を傀儡としている。耳聡い者は把握しているだろう。古今東西、すべての悪を束ねても敵わない災厄である』
傀儡とは、また失礼な表現だ。
実情とは正反対のことを言っている。
私は女王との決闘で敗北した。
以来、彼女の配下として真面目に働いている。
その関係を崩すつもりはない。
アワードの説明は女王の奮闘を侮辱していた。
個人的に看過できない部分だった。
『このままだと世界は終焉を迎えることになる。私はそれを阻止したい』
アワードは確固たる調子で宣言した。
そこには決死の覚悟を窺わせた。
『聖教国は王国を打倒する。それにあたって力を貸してほしい』
アワードが頭を下げる気配がした。
聞き手への懇願を、彼はどういった心境で行ったのだろう。
『無論、国家にはそれぞれ事情がある。簡単には協力できないことも知っている。しかし、相手は世界最悪の破壊者だ。団結できなければ人類が滅ぼされる。原初の錬金術師ルドルフ・ディア・アーチサイド。奴を討伐するために連合軍を結成しよう。女王を操る真の独裁者を屠るのだッ!』
だんだんと言葉に力が入り、最終的にアワードは叫んでいた。
本気の感情だ。
私に対する強烈な憎悪と殺意が根付いている。
そうそう感じられないほどの迫力であった。
『これより我が国は開戦へと移行する。同じ志を抱く者の連絡を待っている。以上だ』
最後にアワードが方針を述べたところで、録音機が停止する。
レイモンドは機械を片付けながら補足した。
「この声明が各国に流されました。一般市民にも間もなく認知されるでしょう」
「そうか」
私は脚を組みながら応じる。
天井を眺めながら考えを巡らせた。
「ルドルフ様……」
所長が心配そうにこちらを窺っていた。
私の反応が気になるのだろうか。
或いは、新たな波乱を予感して怯えているのかもしれない。
苦笑した私は、肩をすくめてぼやく。
「いやはや、参ったな。世界を滅ぼすつもりはないが、前科が山のようにある。反論が難しそうだよ」




