第5話 錬金術師は過去を懐かしむ
責任者らしき人間の居場所が分かったところで、私は歩き出す。
通路や階段は相変わらず複雑だが、目的地が割り出せているので問題ない。
その気になれば、壁や天井を破壊して直線距離で進むことも可能だ。
しかし、そのような野蛮な真似は極力したくなかった。
私は効率主義者ではない。
物事の過程にも着目したいのだ。
施設に招かれた客人の立場である以上、礼を欠いたことは控えるべきだろう。
(……殺人は無礼に値するのだろうか?)
脳裏にふと疑問が浮かぶ。
意図的に凄惨な殺し方をするのは、悪趣味だと思う。
対する私は、損壊は最小限に留めていた。
人間はとにかく脆い。
細心の注意を払って処理している。
ならば無礼ではないとはずだ。
個人的には、もう少し頑丈な相手だと良かった。
そういった者は非常に珍しい。
魔神すら私の術の前では即死してしまうのだ。
(人間でそれだけの頑強さを有する者など、かつて存在したのだろうか)
記憶を遡っていると、前方に兵士達が現れた。
彼らは私を見てぎょっとした顔になる。
連絡を受けて駆け付けてきたのだろうが、やはり実際に対面すると恐怖が勝るらしい。
生物として当然の反応であった。
足を止めた私は、片手を上げて挨拶をする。
「やあ、君達。調子はどうかね」
生憎と返答はない。
兵士達は後ろから何かを引いてきた。
車輪を鳴らしながら現れたのは大砲だ。
ただし、術式がふんだんに使用された特注品である。
未知の体系が詰め込まれているようだった。
「ほほう」
詳しい構造が気になった私は、朗らかに歩み寄ろうとする。
その時、大砲が発光を始めた。
充填されていた魔力が圧縮されて、砲の奥に収束している。
そうして光線として一気に放たれた。
「おお」
私は感心の声を洩らす。
光線は床を削りながら突き進んでくる。
充填された魔力からは考えられない高威力だった。
現代の術式によって、上手く変換されているらしい。
銃は連射性に重きを置いていた。
大砲は一撃の破壊力にこだわっているようだ。
考察する一方で、私は術を行使する。
目の前の床と天井を膨張させて、混ぜ合わせるように変形させて即席の盾にした。
間一髪で砲撃を遮るも、光線はあえなく貫通してきた。
「おっと」
思わず声を上げる。
光線は私の右半身を消し飛ばした。
体勢を崩してよろめくと、私はうつ伏せに倒れる。
欠損した断面から血が迸っていた。
首を曲げて、兵士達を見やる。
彼らは緊張の眼差しをこちらに向けていた。
そこに一縷の期待が感じられる。
私の死を望んでいるのだ。
早く悪夢を終わらせたいと考えているのだろう。
残念ながら、その願いは叶いそうにない。
「大した威力だ。悪くない」
私は身をよじると、肉体の断面を床に密着させる。
床から体積を奪うことで、欠損部位を復元した。
ついでに衣服も新品同様に修繕しておく。
私は立ち上がり、出来上がった半身を動かした。
痛みや違和感はない。
特に不都合はなさそうだった。
「どうだね。なかなかの回復力だろう」
軍服の襟元を直した私は、得意げに兵士達を見る。
彼らはどよめいていた。
慌てた様子で、魔力を含んだ液体を大砲に注いでいる。
大砲を再び撃とうとしているらしい。
ところが大砲は赤熱しており、上手く機能していなかった。
高威力の代わりに、再使用に時間がかかるようだ。
私はその場から大砲を注視する。
「ふうむ」
黙視で分かる範囲の構造を把握すると、視線を介して術式に干渉する。
大砲を暴発し、光線が逆噴射した。
滅茶苦茶な軌道で溢れたそれは、近くにいた兵士達を穿つ。
その勢いで通路を崩落させた。
大砲と死体は、瓦礫と共に視界から消える。
私は壮観を前に満足する。
「いい一撃だ。神代の魔術戦争を思い出すな」
規模で言えば、今の砲撃の数万倍だったが、当時を彷彿とさせるものがあった。
あの頃は楽しかった。
神と悪魔が殺し合う場面で、気まぐれに介入して場を乱すのだ。
振り返れば若気の至りと言えよう。
ただ、輝かしい思い出の一つでもあった。
あのような経験を、再び味わってみたい。
神と悪魔の軍勢には、早く立て直してほしいである。
かつての記憶を脳裏に描きながら、私は移動を再開した。