第44話 錬金術師は翻弄される
レイモンドが殺気を増大させた。
彼の内包する加護が活性化し、同時にライフルを発砲してくる。
正確な三連射が私へと迫る。
(因果律の改竄ではないのか)
不思議に思うも、私は胸を張って銃撃を受けた。
くぐもった破裂音が響く。
胴体を捉えた三発の弾丸は、貫通せずに体内を掻き乱した。
弾みで私は吐血するも、さらに笑みを深める。
拳銃の引き金に指をかけて発砲しようとする。
しかし、そこに弾丸が飛来してきた。
無慈悲な狙撃は、拳銃と私の手を見事に粉砕する。
破損した拳銃が千切れた指と共に落下した。
「おっと」
咄嗟に拳銃を拾おうと、私は無事な手を伸ばす。
そこを再び狙撃された。
手の甲に弾丸が命中して、衝撃で指が引き裂かれる。
いずれもレイモンドの仕業であった。
(これは敵わないな)
一瞬にして両手を潰された私は悟る。
熱い銃撃戦を演じてみたかったのだが、それは難しそうだった。
残念ながら術に頼るしかない。
そう考えた私は再生しようとして、抵抗感を覚える。
負傷箇所の肉が蠢くも、まるで栓でも詰められたかのように上手く再生できない。
体積は問題なく吸い上げられている。
肉体再生の過程で不具合が生じているようだ。
そこにレイモンドと他の兵士による銃撃が叩き込まれた。
全身に穴の開いた私は何歩かよろめく。
そして、指の減った手を振りながら苦笑した。
「再生阻害も使えるとは思わなかった。私は君を見くびっていたようだ」
射撃の際、レイモンドの加護は活性化した。
何を仕掛けてくるのかと思ったが、彼は無難に再生能力を潰しに来た。
レイモンドはライフルの弾に加護の力を付与し、それを被弾させることで効果を発揮させたのだろう。
胴体に受けた弾丸のせいで私は再生できないのだ。
因果律の改竄による必中の狙撃だけかと思いきや、予想外のパワーを披露してくれた。
この調子だと、他にも様々な特殊弾を使えると考えるべきか。
やけに自信満々なのも頷ける。
私は血を流しながら笑顔を浮かべた。
「実に面白い。レイモンド、君は――」
発言の途中に弾丸が飛来して、私の額にめり込んだ瞬間に爆発する。
私は勢いよく仰け反った。
視界が黒煙に染まる。
「う、む」
私は首を撫でながら角度を戻すと、半壊した片手で損傷を確認する。
頭蓋の半分が消し飛んだ。
視野の狭さからして、片目も破れているようだった。
ただの炸裂弾ではない。
食らった時に加護の力を感じた。
おそらくは魔術防御を無視するような効果があった。
私は辛うじて形を保つ口を動かす。
「やれやれ、会話の途中に撃つとは感心しないな。物事には段取りがあるのだよ」
「…………」
視線の先に立つレイモンドは、険しい表情をしていた。
他の兵士達など、私を見て怯え切っている。
私がにこやかに手を振ってやると、彼らは一斉に逃げ出してしまった。
自分達がどのような存在と対峙しているかを理解し、恐怖に耐えられなくなったようだ。
そうして残されたのは、未だ戦気の衰えないレイモンドのみである。
彼は本気で私を仕留めるつもりらしい。
今も殺すための手段を考えているに違いない。
(……いかんな。楽しみたくなってしまう)
血みどろの私は喜色を隠せない。
術の出力を上げれば、再生阻害を無視できる。
レイモンドの銃撃などものともせず、一瞬で殺すことも可能だ。
しかし、ここでそれをするのはナンセンス極まりない。
同じスケールで殺し合うのがベストだろう。
ここまでの動きを見るに、レイモンドは加護を切り替えながら戦うスタイルのようだ。
複数の加護をそれぞれ弾丸に付与できるらしい。
因果律の改竄は、そのうちの一種に過ぎなかったのだ。
名称を付けるとするなら、魔弾の加護が相応しいのではないか。
もっとも、加護自体はそれほど強力ではない。
汎用性は高いものの、絶対的な優位性を築く類ではなかった。
状況に応じて使い分けるレイモンドの判断力と、彼の射撃の腕が真の脅威だろう。
だからとても楽しいのだ。
「もっと見せてくれ。私は喜んで応えるぞ」
満身創痍の私は、晴れやかな心持ちで発言する。
レイモンドはより一層の険しさを覗かせた。
ただし、絶望はしていない。
その心意気を称賛しつつ、私は反撃を開始した。




