第43話 錬金術師は期待を膨らませる
加護持ちが堂々と宣言した。
自らの勝利を疑っていないようだ。
まだ勝機があるらしい。
ここまでのやり取りにより、因果律の改竄が効かないことは理解しているはずだ。
その上で諦めていないということは、まだ隠し玉があるのだろう。
(面白い。秘策を見せてもらおうか)
ただの人間が私に対抗する様には好感が持てる。
加護という唯一の武器を得て、それをどこまで活かせるのか。
私は少なからず関心を抱いていた。
ここでいきなり攻撃して戦いを終わらせるのは、あまりにも無粋であろう。
彼には底力を披露してもらおうと思う。
「ふむ、及第点だな。君の考えは正しい」
私は喜色を隠さずに頷くと、指を二本立てた。
愉悦を抑えつつ、努めて冷静に説明する。
「再生能力を持つ存在を殺す方法は、主に二つ。能力そのもの封じるか、能力でカバーできないダメージを与えるかだ。君のアイデアは後者に該当する」
古今東西、様々な能力者がいる。
その中でも再生する存在は別に珍しくない。
誰だって死にたくないものだ。
受けた傷がすぐに治癒すれば、生存率は飛躍的に高まる。
私のような不死身体質の者も多い。
致命傷を負っても平然としていられるのなら、やはり死から遠のくことになる。
しかし、それらの特性には限界があった。
何度も負傷し続ければ回復スピードは鈍り、やがて再生できなくなる。
不死を自称する者にも同様に何らかの弱点がある。
急所となる部位を破壊されたり、不死身たらしめるエネルギーを失うと、途端に脆くなってしまう。
個々人によって差はあるが、誰もが完全には死を克服できない。
それが世界の常識で、覆しようのない法則だった。
「ただ、少し訂正点がある」
私はそこで言葉を切る。
聖教国の兵士達を見ながら、得意げに続きを口にした。
「その理論は私に通用しない」
言い終えた私は指を鳴らす。
トンネル内に散乱する瓦礫の一つが浮かび上がり、加護持ちへと発射された。
素早く反応した加護持ちは、ひらりと躱す。
一直線に通過した瓦礫は、背後の兵士に命中することになった。
「ぎゃっ!?」
兵士が悲鳴を上げて倒れる。
重症だろうが死ぬようなダメージではない。
他の兵士達が動揺する中、加護持ちは私から片時も目を離さない。
それだけ警戒しているのだろう。
回避の最中も、銃口は変わらず私の額を狙っていた。
(いいぞ。素晴らしい)
私は余計に嬉しくなる。
加護持ちの男は、なかなかの実力者だった。
ただ特殊能力を与えられただけではない。
それを活かすだけの器を有している。
私は両手を緩く広げると、昂る感情を笑みにして発散する。
「真の不条理の前では、如何なる法則も水泡と帰す。たとえ神であってもね」
何事にも例外がある。
特に私という存在は例外だらけだろう。
比喩でも何でもなく、神々だろうと超越しているのだから。
再生能力に関する加護持ちの対処法は、決して間違っていなかった。
私がそこに当てはまらないだけだ。
そのような相手と対峙することになった彼の不運さを同情したいくらいである。
膨らむ衝動を堪えていると、加護持ちがライフルを発砲した。
弾丸が私の心臓を貫通したので、地面から体積を徴収する。
私が一瞬にして再生した様を見て、加護持ちは舌打ちした。
「チィ……ッ!」
「いいぞ、全力で抗ってくれ。私を楽しませるんだ」
私はジャケットの裏に手を伸ばし、リボルバー式の拳銃を取り出す。
それを手の中で回そうとするも、失敗して地面に落とした。
「む……」
私は静かに拳銃を拾う。
シリンダーに弾丸が装填されているのを確かめると、気を取り直して言う。
「君が銃を得意とするのなら、その流儀に乗ろうではないか」
私は片手で握る拳銃を加護持ちに向けた。
撃鉄を起こしながら嬉々として名乗る。
「私はルドルフ・ディア・アーチサイド。原初の錬金術師である」
「……レイモンド」
加護持ちの男は憮然とした口ぶりで応じる。
無視されるかと思ったが、意外と律儀な性格なのかもしれない。
「レイモンド。君と戦えることを光栄に思うよ」
私が心の底から言うと、彼は眉を寄せる。
あまり嬉しそうではなかった。
気にせず私は告げる。
「――さあ、不条理に挑みたまえ」




