第38話 錬金術師は罠にかかる
その後、私達は数日をかけて移動した。
特に何事もなく聖教国との国境付近まで到着する。
そこには、灰色を基調とした無骨な建物があった。
斜面にめり込むようにしてそびえ立っている。
建物の向こうにはトンネルが見えた。
ここは二国間の出入りを管理する施設の王国側である。
中立地帯であるトンネルを抜けると、今度は聖教国側の施設が待っている。
私は車内から外観を目にして感心する。
「なかなか立派な施設じゃないか」
「聖教国と戦争を始めた場合、防衛の要となりますので。常駐する兵の質は高いです」
運転手の軍人が解説する。
彼によると、常駐する兵士は国内の貴族に派遣させているらしい。
数年ごとに交代させて、貴族達の戦力を徴収することで反乱を防ぎつつ、防衛費の削減も行っているそうだ。
女王は上手く運営しているようだ。
この地を往来する者は基本的にいない。
常に緊張状態で、一触即発なのだという。
辛うじて秩序が保たれている始末とのことだ。
しかし下手に手を出せば、互いに損害が出てしまう。
この地に務める両国の兵士達はそれを理解しているため、相手国に干渉しようとはしない。
トンネルを隔てて、ある種の冷戦を築いているのだった。
車両の減速に合わせて、管理施設の中から武装した兵士が現れた。
兵士は先行する大型車とやり取りを始めた。
すかさず運転手が説明をする。
「出国の手続きをしております。少しお待ちください」
「うむ」
特別軍事顧問になったが、さすがに出国に関しては手続きが必要らしい。
向こう側は別の国なのだから当然の対応だろう。
それからしばらくして、先行する大型車が続々と発進した。
私達の乗る軍用車も動き出す。
車両は一列になってトンネルへと入っていった。
内部は薄暗く、天井に古びた照明が等間隔に設けられている。
遥か前方に見える小さな光はトンネルの出口だろう。
あそこが聖教国側の管理施設のようだ。
到着までは少しだけ時間がかかりそうだった。
「これより先は聖教国の領土となります。不測の事態も考えられますので――」
「分かっているよ。気にせず進みたまえ」
聖教国に対しては、所長が事前に連絡を飛ばしている。
適当な名目を掲げて入国許可を貰っているそうだが、それが偽りであるのは相手も察しているだろう。
言うなれば茶番である。
その上で入国を拒まなかったということは、何らかの考えがあるものと思われる。
彼らの思惑も見極めたいところだった。
トンネルを進んでいくうちに、照明が明滅し始めた。
視界不良で前後の大型車が見えにくくなる。
それとは別におかしなことが起きていた。
それなりに走っているにも関わらず、出口に近付いていない気がするのだ。
先ほどから距離感が変わっていない。
同じことを思ったのか、運転手が怪訝そうに言う。
「おかしいですね。そろそろトンネルを抜けられる頃合いなのですが」
その言葉にいち早く反応したのは所長だ。
彼は不安そうに私を見る。
「ルドルフ様……」
「朗報だ。どうやら我々は敵の罠にかかったらしい。空間が歪められたせいで、出口に辿り着けないようだ」
私が嬉々として発表すると、所長はぎょっとした顔で焦りだした。
「ま、不味いですよ。一本道では逃げ場がありません。早くなんとかしないと……」
「落ち着きたまえ。せっかく歓迎してくれるのだ。努力を見せてもらおうじゃないか」
まさか入国前に仕掛けてくるとは思わなかった。
せっかちな者がいるらしい。
無論、それは悪いことではなかった。
期待を膨らませる私だったが、そこであることに気付く。
「――ほう、これは」
呟いたその瞬間、額を何かが貫通した。




