第36話 錬金術師は出世する
十日後、私は王国の人間として正式に活動することになった。
私を襲撃した守護神と使徒に関する情報は未だ増えていない。
女王が各地の密偵に話を通して、調査を進めてくれているが、そう短期間で何か見つかるものでもないだろう。
気長に進展を待つつもりであった。
一方で私は、世界を育むための行動を始めることにした。
神々の暗躍を受けて停滞するのは主義に反する。
何が来ようと抹殺できるのだから、彼らの動向など無視して自由に動く方が建設的だ。
その日の朝、私と所長は灰色の軍用車に乗り込んだ。
他に数台の大型車を引き連れて、王都の外へと移動する。
運転するのは初対面の軍人だ。
名目上は私の部下である。
最初は緊張していたものの、それを隠すだけの胆力の持ち主だった。
何度か話しかけたが、表面上は平然としている。
内心でどう思っているのかは知らないが、職務を全うしようとする姿勢に好感が持てた。
その精神力を所長にも分けてほしいものだ。
他の車両にもそれぞれ部下が乗っていた。
移動先で私が困らないように、色々な人材を女王が用意したのである。
ここから何人が生き残るか定かではないも、仲良くしようと思っていた。
ちなみに私は、女王の命により特別軍事顧問に就任した。
私のために設けられた新しい役職だ。
様々な軍事施設に、事前の申請や許可なく出入りできるらしい。
現地の軍を動かすことも可能で、発言力もかなり強いという。
総じて非常に優遇された立場だった。
もちろん反対意見は紛糾した。
主に利権や体裁を重んじる貴族達の声である。
直接的な影響が出る軍部からほとんど反発がなかったのは、私の力を知っているからだろう。
つまり騒いでいるのは、原初の錬金術師を把握していない者達だ。
だから私は、反対する貴族のもとへ挨拶に赴いて、丁寧に事情を話して納得してもらった。
なかなか話が通じない者も、能力を披露することで頷いてくれた。
私は昔から交渉事が得意なのだ。
今回はただの一人も死者を出さずに解決できた。
我ながら成長している。
順調に人類を愛せているようだった。
余談だが、所長は私の補佐官に就任した。
書面上は前役職も継続しているので、これからも所長には違いない。
彼の給料は数倍に跳ね上がり、いくつもの権限が増えていた。
王国内の権力者として考えた場合、上から数えた方が早いほどである。
私は隣に座る所長を改めて称賛する。
「おめでとう。念願の大出世じゃないか」
「ありがとう、ございます」
所長はぎこちなく頭を下げる。
愛想笑いが見事に引き攣っていた。
「どうしたのだね。あまり嬉しそうに見えないが」
「いや、それは、その……」
所長が言い淀む。
その理由は明白だ。
私の補佐官として出世したことで、ますます離れることができなくなった。
早い話、王国上層部は所長に私を押し付けたのだ。
それを察した所長は、素直に出世を喜べないらしい。
「私は君を気に入っている。神々すら容易に為し得ないことだ。存分に誇るといい」
「はっ、ははは……」
所長が乾いた笑いを洩らす。
バックミラー越しに見えた運転手の顔には、少し同情の色が浮かんでいた。




