第35話 錬金術師は思案する
翌日、私は自室で書物を読んでいた。
すぐそばでは、所長が紅茶の用意をしている。
本当は給仕に頼みたかったのだが、朝のこの時間は忙しい。
彼らの手を煩わせるのも申し訳ない。
空気を読んだ私は、暇そうな所長に頼んだのであった。
私は読み終えた書物を脇に置くと、所長に話しかける。
「少し愚痴を聞いてくれるかな、ゲラゴリー君」
「グレゴリーですが、何でございましょうか?」
「昨晩、神の使徒に襲われてね。全身を挽き肉のようにされてしまったよ」
「えっ」
固まった所長がカップを落とす。
落下したカップが甲高い音を立てて割れた。
私は陶器の破片に視線を向ける。
それらが動き出して組み合わさり、元通りのカップへと復元された。
カップは浮かび上がって所長の手元に戻る。
私は肩をすくめて注意する。
「いけないな。物は大切に扱いたまえ」
「も、申し訳ありません」
カップを置いた所長は謝りながら用意を続ける。
超常現象にも慣れてきたらしい。
所長のリアクションは思ったよりも薄かった。
「それで、使徒に襲われたとのことですが……」
「ああ、問題なく無力化したよ。ついでに尋問してみたが、情報を吐かないので石像にした」
今頃は城の地下に保管されているだろう。
守護神の際は大騒ぎになってしまった。
女王と話し合った結果、昨晩の出来事と顛末はひとまず隠すことにしたのである。
しかし、石像二つはさすがに持て余す。
片方は別の装置にすべきかもしれない。
神と使徒の使い道について考えていると、所長が言いにくそうに尋ねてくる。
「ルドルフ様は、その……神々と敵対しているのですか?」
「そのつもりはないのだがね。残念ながら相容れないらしい」
私は嘆息する。
これは紛うことなき本音だ。
神々との関係は劣悪だが、基本的に向こうが仕掛けてくるのが原因である。
私は迎撃しているだけだった。
「今後も襲撃は続くのですか?」
「どうだろう。向こうも私の脅威を再確認したはずだ。迂闊に手を出してくるとは考えにくい」
彼らも馬鹿ではない。
そろそろ被害を抑えようとするだろう。
どのような企みであれ、犠牲者は増やしたくないはずだ。
(まったく、どこの神が首謀者だ?)
疑うにしても心当たりが多すぎる。
ほとんどの神が私を嫌っているのだ。
もちろん一部の例外はいるが、よほどの変わり者か、完全に狂っている者ばかりである。
そういった者達は、やはり他の神々に嫌われている。
(現代の観光をする前に、邪魔者の始末をすべきか)
ただ、私は調査に類する行為を不得手とする。
手がかりがないと無力に近かった。
(標的さえ分かれば一瞬なのだが……)
それが分からずとも、現時点で存在する神格を皆殺しにすれば解決する。
しかしそれはスマートではない。
おまけに世界にただならぬ影響を与えてしまう。
賢者から提案された目標を破ることになるだろう。
あくまでも最終手段であった。
無難な案となると、女王の権力で調べてもらうことだろうか。
此度の出来事には神々が関係している。
そして神々は人間に依存している。
これだけ大胆な行動に出たのだから、どこかで何らかの兆候が生じたはずだ。
それに気付いている人間もいるはずだった。
時間はかかるかもしれないが、関係者を洗い出せるだろう。
効率性を求めるのなら、神々に聞き込みをしてもいい。
皆殺しにするよりは平和的に違いない。
ただし、私には穏便に進められる自信がなかった。
彼らが素直に答える保証もない。
間違いなく喧嘩に発展すると思われた。
そこで思考を止めた私は所長に質問する。
「ところで、神々との戦争について君はどう思うかね」
「えっと……絶対に、起きてほしくないです」
「ふむ、そうか。ならやめておこう」
私は満足して頷く。
神々への聞き込みは中止だ。
地道な手段で調査を進めていこうと思う。




