第34話 錬金術師は興醒めする
(この力量……下位の神格なら圧殺できるのではないか?)
私は素直に感心する。
使徒はかなりの実力者のようだ。
これほど肉弾戦に特化しているのも珍しい。
考えている間に、私のもう一方の腕が粉砕した。
胴体の穴も増えて血みどろになっていく。
既に全身は引き裂かれており、骨や靭帯が露出した状態だった。
各所が辛うじて繋がっているのは、使徒が破損箇所を調整しているのだろう。
そうして効率よく攻撃できるように工夫しているのだ。
正面を陣取る使徒は決して動きを止めない。
加速し続けながら猛打を繰り返している。
変化に乏しいその顔には、はっきりと焦りが浮かんでいた。
このままでは私を倒せない。
それを分かっている彼女は、攻撃する一方で打開策を考えているのだろう。
(少し揺さぶってみるか)
私は床に敷かれた絨毯から体積を拝借すると、跡形もない顎部分を再生させた。
皮膚のない口元で発声し、掠れた声で使徒を称賛する。
「いい動きだ。手も足も出ないよ」
「…………」
使徒の視線が鋭くなった。
強烈な一打が再生したばかりの顎を破砕する。
(――もっとも、私には無意味だがね)
その瞬間、私は彼女の拳の座標を固定した。
使徒は私の顎を殴った姿勢で停止する。
腕を動かそうとするが、それは叶わない。
座標固定は、物理的にどうにかできるものではなかった。
私は満身創痍のまま一歩下がる。
部屋中に飛び散った肉片や骨片を集結させて取り込み、残る絨毯の体積を一気に吸収する。
結果、私の肉体は完全に復元し、着ていたスーツも元通りとなった。
私は悠然と襟元を正すと、胸を張って使徒に告げる。
「生憎と私は不死身だ。どれだけ肉体を破壊されようと関係ない」
たとえそれが魂を打ち砕く攻撃であっても無意味である。
使徒の猛攻は神格すら脅かす威力だが、私を殺し得るレベルではなかった。
これでも私は、能力を限界まで抑えている。
殺し合いを楽しめるように配慮したのだが、それでも実力差が大きすぎたようだ。
私は期待を込めながら使徒に尋ねる。
「さあ、どうする?」
「……っ」
使徒が手刀を振りかざすと、固定された自らの手に打ち下ろした。
ちょうど手首を境に切り離す。
自由になった彼女は、最速の動きで私に接近してきた。
再び打撃を繰り出そうとする。
さらなる時間稼ぎを狙っているようだった。
それを眺める私は冷ややかに呟く。
「品切れか。つまらんな」
期待が消えたところで術を行使する。
使徒が浮かび上がって停止した。
彼女の放った貫手は、私に触れる寸前で勢いを失う。
あと半歩でも進めば届くものの、それを受けてやる義理はない。
ため息を吐いた私は指を鳴らす。
使徒が不可視の力に圧縮されて、骨を軋ませながら丸まった。
辛うじて原形を留めているが、己の力では指一本として動かせないだろう。
使徒にしては面白い強さだった。
その奮闘ぶりは評価するも、もう少し意外性が欲しかった。
特に、神殺しの武器が効かなかったくらいで動じるのは良くない。
本当に私を始末するつもりなら、もっと策を用意するべきだ。
圧縮した使徒を眺めつつ、私は呆然とする女王に告げる。
「絨毯の弁償だが、追加の石像でどうかね?」




