第33話 錬金術師は使徒の猛攻を受ける
使徒が私を睨み、何か術を発動しようとする。
途端に彼女の存在が曖昧となり、空間が歪みかけた。
しかし、それらは効果を発揮できず、すぐに正常な状態へと戻る。
「…………」
無表情な使徒の目に、微かな驚きが走った。
もう一度、術を使おうとするも結果は同じだった。
彼女の望む現象は発生しない。
徒労に勤しむ使徒を横目に、私は悠々と片手を振る。
指の間には一本の葉巻が挟まっていた。
それを口にくわえて指を鳴らすと着火された。
紫煙を味わう私は使徒に告げる。
「逃げられないのだろう? 私がそう仕組んだからだ」
吐き出した紫煙が蛇の形となり、使徒の首に巻き付いて消えた。
微かに眉を寄せた使徒は、柄を捨てて私と対峙する。
何の効果もない行為だったが、神経を逆撫でできたようだ。
「この部屋は既に隔離している。あらゆる魔術や権能が届かない空間だ。君がどれだけ優れた力を持とうと、私の許可なしには出られない」
外部からの干渉も不可能だ。
誰かがこの使徒を送り込んだのかは知らないが、助け出すことも叶わない。
この部屋の中では、すべてが私の意のままであった。
「神殺しの武器を持ち出したようだが、私に通用するわけがないだろう。いくらなんでも、見くびりすぎではないかね」
私は隠すことなく嘲笑する。
守護神と遭遇してから、わざと感知精度を甘くしていた。
誰か罠にかからないかと思っていたが、まんまと飛び込んできた。
神々はやはり私の存在に気付いている。
それもかなり明確に意識しているようだった。
無視できない脅威だと考えているだろう。
彼らも一枚岩ではない。
昨晩の守護神と目の前の使徒が同勢力とは限らないが、細かいことはどうでもいい。
必要事項に関しては、使徒に訊けばいい。
他の些事については興味もない。
私は思うままに行動する。
邪魔する存在は、その都度排除するだけだ。
今後について思案していると、使徒が体内の力を暴走させる。
そのまま一気に解き放とうとしたので、力の流れを改竄しておいた。
渦巻く力が中和されて暴走は沈静化する。
私は葉巻を吸いながら笑う。
「自殺もさせないよ。君の魂を肉体に固定した。何をしても死ねないと思いたまえ」
「……っ」
使徒は無表情のまま歯噛みする。
その姿が霞み、残像が目と鼻の先まで迫ってきた。
次の瞬間、私の胴体が爆散する。
使徒の拳が穿ったのだ。
(ほう)
続けて回し蹴りが側頭部に炸裂する。
血と脳漿が降り注ぎ、視界の半分ほどが闇に染まった。
頭部が削り飛ばされたらしい。
さらに掌底が私の顎を下から打ち抜く。
私の顔は、鼻から下が消失した。
夥しい量の出血を知覚する。
その間にも、使徒の猛攻は続く。
超高速の打撃を避けられるはずもない。
肉と骨が霧のように散り、瞬く間に私の体積が減っていく。
(体術か。面白い)
本命の武器を失いながらも、使徒は微塵も諦めていなかった。
己の力で私を打倒するつもりのようだ。
その心意気は素晴らしい。
(ここは相手の流儀に乗ってやるのが筋だろう)
そう考えた私は半壊した片腕を振りかぶる。
動かす前に使徒の両手が加速した。
私の何万倍もの速度でラッシュを繰り出してくる。
集中攻撃を浴びた片腕は丸ごと消滅した。




