第31話 錬金術師は女王を困らせる
翌日、私は女王の部屋に赴いた。
堅苦しい謁見の間ではなく、それよりずっと狭い一室である。
とは言え女王の部屋なので、他のスペースに比べれば広く、内装も豪華だった。
「ふむ」
私は部屋の一面に設けられた酒棚の前に、並べられた瓶を吟味する。
そのうち一本をテーブルへ運び、テーブルに手のひらを当てた。
手のひらを持ち上げると、複雑奇異な彫刻の施されたグラスが現れる。
テーブルの素材を抽出したものだ。
私は琥珀色の中身をグラスに注いで飲む。
芳醇な香りを楽しんで微笑した。
場所が場所なだけに、素晴らしい年代物が用意されている。
これだけでちょっとした財産になるだろう。
グラスが空になったところで、それを上からテーブルに押さえ付ける。
グラスは音もなく沈み込んでテーブルの一部に戻った。
指を鳴らせば、瓶も酒棚に瞬間移動する。
一連の行動を見ていた女王は、窓際で呆れた顔をしていた。
「そなたは本当に規格外だな。臣下にしていいのか迷うほどだ」
「遠慮せずに使いたまえ。君は世界最強の手駒を獲得したのだ。有効活用しないと損だよ」
私は椅子に腰かけながら応じる。
少し無言になった女王は眉を寄せて尋ねる。
「守護神を元に戻すつもりはないのか?」
「欠片もないな。そもそも、あれは魂を破壊されている。石化を解いたところで、人格は復元できない。獣のように暴走するだろう」
過去にそういった現象を見たことがあった。
もちろん暴走したところで私が処理できるが、あの石像は資源なのだ。
無闇に戻そうとするより、上手く使った方が有益だろう。
女王は守護神の心配をしているが、あのような存在は不要である。
加護の維持と、エネルギーの供給装置に徹してもらうべきだ。
口が動いたところで、こちらが得することは何一つとしてあるまい。
(……いや、何事も完全否定するのは駄目だな)
内心で神格への嫌悪感を抱く私であったが、妙案を閃いて手を打った。
さっそく女王に提案することにした。
「守護神の形質を圧縮変化させて、武具にするというのはどうだろう。絶対に壊れないから便利だろう。使用者に神気を供給する機構にもできる」
「……前向きに考えておく」
女王はため息混じりに答える。
こちらに対する呆れがさらに大きくなっていた。
私に色々と言いたいようだが、それを諦めた様子である。
話が通じないと判断したのだろう。
女王の反応を面白がりながら、私は話題を転換する。
「さて、女王はどこの国を侵略したいのだね。私が円滑に進められるように根回ししよう。遠方だというのなら、近場に運ぶこともできる」
私の能力を以てすれば、国境に沿って大地を切り取って転送することが可能だ。
面倒な国を世界の裏側まで離すことだってできる。
代償に現行の世界地図は役に立たなくなるが、そもそも今の時代の地形自体、過去の私が構築したようなものだ。
勝手に弄ったところで問題はない。
女王が望む通りの地形に変えて、戦いが盛り上がるのなら大いに結構だ。
そのような天変地異は、各国への影響も計り知れない。
現在よりも争いと混乱は加速する。
戦争が世界を掻き乱して、さらなる発展を遂げるのではないか。
もし世界が滅びかけても、私が防衛できる。
失敗しようが、ボーダーラインを越えることはない。
終末戦争だろうと片手間に封殺してみせよう。
「…………」
女王は真剣な顔で思案する。
やがて重々しい口調で方針を表明した。
「まずは、王国と接する国々を制圧する。そなたの力を借りるつもりだが、頼り切りにはならない。余は無力な王ではない」
「いい返事だ。過去にも私の能力に依存しすぎる人間は多かったが、大半が碌な末路を辿っていない。君もそうならないように注意するといい」
彼女の賢明さに感心しつつ、私はそれとなく忠告する。
欲を掻いて破滅するタイプではなさそうだが念のためだ。
つまらない結末を見せられても困る。
私は脚を組むと、手元に新たな酒瓶を引き寄せた。
先ほどと同じ手順でグラスを作って酒を注いでいく。
「具体的な計画が定まるまでは、現代の観光をさせてもらう。何かあればすぐに連絡を――」
発言の途中、不意に息が詰まった。
私は軽く咳き込む。
手元が狂って酒がこぼれてしまった。
「ほう……」
口元に手をやった私は目を細める。
指の腹に真っ赤な血が付いていた。
酒瓶を持ったまま、さらに視線を下ろす。
――椅子に座る私の胸部から、黒塗りの刃が飛び出していた。




