第30話 錬金術師は所長を元気付ける
その日の夜。
女王に諸々の報告を済ませた私は、部屋で寛いでいた。
ソファで寝転びながら、ワインを一気に飲み干す。
空のグラスを掲げて揺らすと、メイド服の給仕が転びそうになりながらやってきた。
彼女は震える手でワインを注いでくれた。
一礼した給仕は、部屋の端まで素早く退避する。
それきり、青い顔で動かなくなった。
ワインを一口飲んだ私は、ローテーブルを挟んで座る所長を一瞥する。
彼はワインで満たされたグラスを持っていた。
疲れ切った顔で揺れる水面を眺めていた。
私が凝視していると、所長は我に返る。
こちらの視線に気付いて、慌ててワインを飲み始めた。
すぐにグラスを空にして、給仕に二杯目を注がせる。
私は満足して頷いて、ワインを飲んで笑った。
「いやはや、素晴らしいリアクションだったな。女王の意表を突くことができたようだ」
「守護神を石化したのですから当たり前です……」
所長がため息を洩らした。
胸を撫でているので、彼の構造に注目する。
どうやら深刻なレベルの胃痛に悩まされているらしい。
修復してもすぐに穴が開いていた。
私は顎を撫でて所長を観察する。
「……ふむ」
片手を上げて指を鳴らす。
その途端、所長が怯えた顔を見せた。
室内を見回して、何も異変を見つけられなかったらしく、不安そうに口を曲げる。
「何か、されましたか?」
「君の胃袋を少しばかり強化した。魔術強化された矢でも貫けないよ」
私は所長の不安を払拭しておく。
彼のストレスは軽減できないが、胃を頑丈にすることで穴が開くことを防げる。
それも完璧ではないので、場合によってはさらに改造を施せばいいだろう。
本人の希望次第で不老不死にしてもいい。
少し真面目に検討すべきである。
脳裏で計画を練りつつ、私は新たな話題を切り出す。
「ところで、君はこれからどうするのだね。研究所に戻るのかな」
「そのつもりでしたが……」
所長が言葉を濁す。
ちらちらと私を窺っているが、本当は帰りたいのだろう。
そして、私がそうはさせないと思っている。
もちろんその通りだ。
グラスの中身を飲み切った私は、ひらひらと手を振りながら述べる。
「今後も私の補佐を頼むよ。女王の許可も取ってある。役職はそのままに、君の管轄と権限を増やしてもらった。おめでとう、実質的な大出世だ」
「は、ははは……ありがとう、ございます」
所長が乾いた笑いを洩らした。
目が見事に死んでいる。
とても嬉しそうだ。
私は所長の肩を叩いて元気付ける。
「これからも仲良くやっていこうじゃないか。期待しているよ」




